18・なにか盛大な誤解をなされている!

 窓のところを何かが横切った。

「皆さん」

 私の一言で、事態を察知したのか、武器を構える。

 狭い家屋の中じゃよくない。

 乱戦になれば身動きができなくなってしまう。

「早く出ましょう」

 私たちは外に出ると、向かいの家屋の屋根に、二匹の猿の姿があった。

「いけない! 魔猿クルドです!」

 魔猿クルドのランクはF。

 はっきり言って私でも倒せるたいしたことのない魔物だけど、他の魔物に私たちの存在を伝えてしまうかもしれない。

「仕留めましょう!」

 私は可動式短弓クロスボウを構え、矢を放った。

「ギャン!」

 一匹に命中した。

「よし!」

 続けて、ラーズさまも矢を放ったけど、魔猿は回避した。

 そしてセルジオさまとキャシーさんが矢を放つより早く、魔猿は屋根伝いに逃げ始める。

 向かっている方角は、街の中心にある古代神殿。

 白剣歯虎に知らせるつもり!?

「どうしましょう?!」

 ボスである白剣歯虎の立場なら、魔獣の巣窟であるガラモにのこのこ入ってきた冒険者たちを、どのように対処するのか?

「追いかけるしかあるまい」

 セルジオさまが走り始めた。

 私たちも遅れて追跡を始める。

 やはり魔猿は、私たちの目的地である、街の中心にある古代神殿へ向かっているようだ。

 ゲームの通りなら、そこに白剣歯虎がいることになっている。

 でも、これはゲームじゃない。

 現実だ。

 現実にはどんな不測の事態が起こるか。

 その不測の事態が発生した。

 先頭を走っていたセルジオさまが、突然地面に落下した。

「な!?」

 落とし穴だ!

「ダーリン!」

 駆け寄るキャシーさん。

 私とラーズさまも一歩遅れて駆け寄る。

「ぬう、危ないところであった」

 落とし穴の深さは二メートルほど。

 たいした深さじゃないけれど、底には無数の杭が並んでいた。

 魔法の全身金属鎧フルプレートメイルを装備していたセルジオさまだったから、串刺しにならずに済んだけど、落ちたのが軽装備の私たちなら、ただでは済まなかった。

 この落とし穴に私たちを誘導するために、二匹の魔猿はわざと姿を現したの?

 セルジオ様を引き上げると、今度は私の足元に衝撃が発生した。

「キィ! キィ!」

「ギョエエエ!」

「キシャアアア!」

 屋根の上に魔猿が百体近くいる。

 今のは闇の初級魔法、衝撃波ショックウェーブ

「よくもダーリンを落とし穴に嵌めたわね!」

 キャシーさんが魔猿に向けて矢を放った。

「ギュエ!」

 狙いは外れず、命中。

「やった!」

 私は快哉の声を上げたが、しかし魔猿たちは反撃にと一斉に魔法を行使してくる。

 私たちは家屋の陰に隠れて弓矢で応戦する。

 魔猿はランクの割に身軽で、その身体能力で矢を回避するので、命中率は半分程度。

 ラーズさまたちなら、接近戦に持ち込めば一気に殲滅することも可能かもしれないけど、魔猿は衝撃波を撃ってきたり、投石してきたりして、距離を保っている。

 かといって、自分たちの方から近づこうにも、攻撃が激しくてそれも出来ない。

 それに、こうしている間に他の魔物が来るかもしれない。

 予想は的中した。

 神殿とは反対の方向から魔犬ケレバが現れた。

 魔犬はランクE。それが五十匹以上。

 頭上に魔猿、地上は魔犬の、同時攻撃。

「この場所では不利だ! 走るぞ!」

 ラーズさまは一声叫ぶと、皆の反応を確認せずに、走り出す。

 確かに留まっているのは危険だ。

 私たちもラーズさまに続いて走り出す。

 魔犬は私たちを追って来ている。

 屋根の上からは魔猿が投石してきたり、衝撃波を撃ってきたりしている。

 臭い袋を持っていたのに、全然役に立たなかった。

「皆さん! 街の中央にある神殿へ! そこにいる白剣歯虎ホワイトサーベルタイガーを倒しましょう!」

 ボスを倒せば、雑魚は撤退してくれるかもしれない。

 そう思ってのことだったけど、獣型の魔物は足が速い。

 魔猿が私に飛びかかってきて、顔にへばり付き、視界を塞ぐ。

 これじゃ前が見えなくて走れない。

「キシャアアア!」

「このっ!」

 引きはがそうとするけど、力任せに顔に抱きついて来て離れてくれない。

「クレアちゃん!」

 キャシーさんが叫ぶと、

「ギャン!」

 顔にへばり付いていた魔猿が弾け飛ぶ。

 その体には矢が刺さっていた。

 キャシーさんが矢で援護してくれたのだ。

 でも、魔猿に構ってしまったために、私はみんなから離れてしまった。

 そこに八体、魔猿が私に群がってくる。

「いかん!」

 セルジオさまが引き返そうとしてくれたけど、私はそれを制止する。

「離れていてください!」

 一斉に飛びかかって来る魔猿を迎撃する。

火炎フレイム竜巻トルネード!」

 接近していた魔猿を一気に焼き殺す。

 そして、私は再び走り始めた。

 だけど、魔猿に足止めされていたうちに、魔犬がかなり近くまで迫って来ていた。

大地アース束縛バインド!」

 セルジオさまが魔犬に向けて魔法を行使した。

 地の中級魔法で、乾いた地面が泥濘のようになり、魔犬の足を捉える。

 これは空を飛んでいる敵には当然効果がない。

 そして屋根の上の魔猿にも。

 それでも魔犬の動きは封じたし、魔猿の追跡も振り切れそうだったけれど、しかし神殿の入口が見えたあたりで、前方に新たな魔物。

 魔獅子カシャームが十匹。

 魔獅子のランクはCで、人狼部隊隊長カルロに匹敵する。

 挟み撃ちを狙っていたの?!

暴風ストーム!」

 キャシーさんが風の上級魔法を使った。

 強烈な突風に魔獅子の体が宙に飛び、地面に叩きつけられ転がる。

 その隙に私たちは魔獅子の群れの脇を走り抜け、神殿に到着した。

 階段を駆け上がり、石造りの大きな両扉の前に立つと、私は後ろを振り返る。

 高台から見渡すと、無数の魔獣が神殿に殺到していた。

 今迄の魔獣の五倍近い数だ。

 これはまずい。

 石造の大きな両扉はまだ動いてくれて、私たちは急いで閉めて閂をかける。

「さあ、みなさん、白剣歯虎を捜しましょう。ボスを倒せば、配下の魔獣は撤退するかもしれません」

「捜す必要はない。俺様はここにいる」

 私の声に答えたのは、ラーズさまでも、セルジオさまでも、キャシーさんでもなかった。

 神殿の奥、祭壇に位置するところに、巨大な白い虎がいた。

 剣歯虎サーベルタイガーの特徴である大きな犬歯が口からのぞき、体長は三メートル近くはある。

 その両脇には、二体の魔獣。

 巨大魔熊ドゥップ巨大魔鹿アイルだ。

 共に三メートルを超えている。

 この二体がいるということは、どこかに大魔蝙蝠アルファハフィーシュもいるはず。

 どこに?

「ギュルグググ……」

 私たちの後方頭上から嫌な唸り声がした。

 そこに目を向けると、天井から逆さまにぶら下がっている、巨大な蝙蝠。

 羽を閉じている状態なのに、二メートルはありそうだ。

 大魔蝙蝠アルファハフィーシュは天井から落下するように地面に降りると、石造りの両扉にかけた閂を、爪で切り裂いた。

 両扉が開き、現れるのは魔獣の群れ。

 これは非常にまずい。

 しかし魔獣達は、白剣歯虎を見ると、その動きを止めた。

「も、申し訳ありません。白剣歯虎ホワイトサーベルタイガー様。このような者どもに手こずってしまい……なにとぞ、御赦しを……」

 一匹だけいるオスの魔獅子の言葉に、白剣歯虎は苛立たしげに唸り声を上げて、

「そんなことはどうでもいい。貴様ら、人間が来ても手出しをするなと言ったはずだ!」

 人間に手出しをするな?

 どうしてそんな命令を?

「しかし、白剣歯虎様。貴方様の手を煩わせるまでもありません。このような者ども、私たちどもで始末してご覧に入れます」

「黙れ! 手出しするなと俺様が言っているのだ! 貴様、百獣の王と呼ばれて図に乗っているのではあるまいな?!」

「そ、そのようなことは……」

「ならば下がっていろ!」

 そして白剣歯虎は私たちの前へと進み出る。

 というより、私を見ている。

 なんで私を見てるの?

「その刀は、鏡水の剣シュピーゲル。では、貴様がヴィラハドラを倒したのだな」

「違います!」

 なにか盛大な誤解をなされている!

 ラーズさまが私を庇うように前に出る。

「ヴィラハドラを倒したのは俺だ」

「では、なぜその剣をその雌が持っている?」

「譲った」

「なるほど」

 白剣歯虎は獰猛な笑みを浮かべた。

「ならばこの俺様と戦え! ヴィラハドラほどの猛者を倒したという強さ! 俺様に見せてみろ!」

 そして白剣歯虎の体から、闘気の様に風が噴出する。

 さながら前世で見たバトルマンガのよう。

大魔蝙蝠アルファハフィーシュ! 巨大魔熊ドゥップ! 巨大魔鹿アイル! おまえたちは他の者どもを相手しろ! 俺様とこの者との戦いを邪魔させるな!」

「「「御意!」」」

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