16・関係ないと思います

 冒険者組合で報酬を受け取った私たちはその後、近くの喫茶店に入り、ラーズさまと改めて話をすることにした。

「私の知っていることと相違がありました。これで剣の所在が不確かになりました。私の知識が不確かである以上、私と一緒にいる理由はなくなってしまいました。これからどうしますか?」

「約束どおり君と一緒に旅をしたい。

 鏡水の剣シュピーゲルは君の知っていたとおりだったんだ。一つだけ違うからと言って他のことまで異なるとは限らないだろう。約束通り案内してくれないか」

「しかし、無駄足になる可能性が高いのですが……」

「正直言うと、他の剣の所在地を俺は知らないんだ。伝説などを記した本を調べたが、そこまでは書かれていなかった。だから君だけが頼りだ。それに俺は君を守ると約束したんだ。俺は必ず約束を果たしたい」

「ですが……」

 話を聞いていたキャサリンさまが、口を挟んできた。

「ねえ、ちょっと。男の子がここまで言ってるんだから、お願いを聞いてあげてもいいじゃない。あんまり焦らしてばかりいると、嫌われちゃうわよ。そうよね、ダーリン」

 セルジオさまが、やはりポージングを取って、

「うむ、その通り。男が筋肉をかけて頼んでいるというのに、それを無下に断るというのは如何なものか」

「いや、べつに筋肉は関係ないのだが」

 ラーズさまの言葉はセルジオさまに届いたかどうか、大変怪しい。

 それはともかくとして、仕方ない。

 自分の将来を占う意味でも、ラーズさまを案内しても罰は当たらないだろう。

「わかりました。そこまでおっしゃるのなら、お引き受けします。しかし、何度も言いますが、私の知識が正しいとは限らないということだけはご理解してくださいませ」

「わかっている」



 そして現在に至る。

 今、私たちはラムール王朝に来ている。

 ドゥナト王国の南にある国で、八つの王家を統べる天帝、三十七代目ラムールによって治められている。

 赤道直下にあり、その灼熱の太陽に曝されている環境によって、この国の人たちはセルジオさまやキャサリンさまのように肌が黒い。

 その特徴から推測はできていたが、やはり二人はこの国の出身だそうだ。

 だがキャサリンさまは、北方の国であるアスカルト帝国から移住した父親の血が混じっており、若干色は薄い。

 金の髪と緑の瞳も父親の特徴を受け継いだそうだ。

 二人のそれぞれの両親も、共に十二神に仕える聖堂テンプル騎士ナイトだそうだ。

 そして、二人もまた幼いころから両親の様な聖堂騎士を目指し、夢は叶って聖堂騎士になった。



 キャサリンさまのご両親も筋肉派マッスルセクトで、幼いころから鍛え上げられたという。

 物心ついた時から筋肉美を両親から教えられ、そして互いの心と筋肉を愛し合う両親の姿に、自分も逞しい筋肉の素敵な旦那様を見つけるのだと、心に誓っていたという。

 そして出会ったのが、セルジオさま。

 その筋肉に一目ぼれして、キャサリンさまのほうから求婚プロポーズしたという。

 セルジオさまのご両親は筋肉派ではなく、いたって普通の聖堂騎士だったそうだ。

 しかし七歳の時、故郷の町に大鬼オーガの群れが襲った。

 町を守る兵士たち、そして聖堂騎士であるご両親はその大鬼の群れと戦ったが、敗北した。

 そして死の淵に立たされた彼らの救援に駆け付けたのが、筋肉派マッスルセクトの聖堂騎士団だった。

 ご両親は助かり、町は救われ、怪力の大鬼を鍛え上げた筋肉で倒す筋肉派の聖堂騎士団に、セルジオさまは感銘を受けたという。

 その日から筋トレを始めたそうだ。

 うん。

 刷り込み現象って怖いよね。

 ともあれ、この国の出身者が二人もいることは良いことだ。

 私の前世の記憶の知識だけじゃ頼りないし、この国の出身者ならば細かい道の案内ができるだろうから、道程は順調に進むだろう。

「それにしても、暑いです」

 赤道直下の南国だけあってとにかく暑い。

 しかし肌をさらすわけにはいかない。

 なぜなら、太陽の光をまともに浴びるほうが、もっと熱いからだ。

 長時間、肌を陽光に曝し続けると、火傷の症状さえ起こる。

 だから私は全身を覆うローブを纏っている。

 しかし、キャサリンさまは肌を露出している。

 セルジオさまにいたっては全身金属鎧フルプレートメイルという出で立ち。

 こんな強烈な陽光に曝されれば、焼けた鉄板の様になるはずなのに、涼しい顔をしている。

「どうして平気なのですか?」

「ハッハッハッ。この鎧は魔法の鎧。熱変動耐性があるのだよ。それに、筋肉を鍛えていれば、暑さなどものともしないのである」

「筋肉は関係ないと思います。っていうか、見てるだけで暑くなります」

「だらしないわねぇ。筋肉を鍛えてないからよ」

「筋肉は絶対関係ないと思います、キャサリンさま」

「キャシー」

 と、私のキャサリンさまの呼び方を訂正してくる。

「もう、クレアちゃんったら一カ月近くも一緒にいるのに、まだ愛称ニックネームで呼んでくれないんだから。ほら、キャシーよ。キャシー」

 出会いの時から今に至るまで、キャサリンさまは私に対して、一つ間違えば馴れ馴れしいと言えるほど、親しく接してくる。

 しかし、私はこの世界に生まれてから、そして前世の記憶を取り戻してからも、人に淑女の礼を踏まえて接するよう教え込まれ、実践してきた。

 完全に体に染みついている習慣をいまさら変えるのは難しい。

「……キャサリンさん」

「キャシー」

「……キャシーさん」

「フフ、それで許してあげる」



「それにしても、この国は活気があるな」

 感心したように呟くラーズ様。

「ハッハッハッ、この国は農作物が豊かですからな。土と水、そしてなにより太陽に恵まれております。そして国を治める天帝ラムールは賢帝として誉れ高いのですよ」

 自分の国のことを褒められたからか、嬉しそうに説明するセルジオさま。

 実際、街ゆく人々は活気にあふれ、露天に並ぶ食料品は品も量も豊富。

 赤道直下の国と言うと砂漠や荒野を想起するが、この国は高い標高の霊峰ネフェルティティの永久氷雪から流れる雪解け水による大きな運河があり、水源に困ることはなく、緑豊かな自然に囲まれている。

 オルドレン王国とは大違いだ。



 武器屋に入った私たちは、必要な装備を購入する。

「弓矢が必要なのだったな」

「はい。剣の所在地には獣型の魔物、つまり魔獣が多く生息しているということになっています。魔獣以外にも野生生物が多く生息しており、これらに対抗するには遠距離攻撃である弓矢が一番です」

 少なくともゲームではそうだったのだけど。

 ちなみにこの世界にはまだ銃器類はない。

 最も、大きな音のする銃器類なんて使ったら、周辺の魔獣に気付かれてしまい大変なことになってしまうだろう。

「弓矢か。あまり得意ではないのだが、仕方ない」

「吾輩は結構自信がありますぞ」

 そうしてセルジオさまが選んだのは長弓ロングボウだった。

 大きい分、威力は高いが扱い辛く、修練が必要とされる弓。

 なにより引くのに膂力を必要とする。

 まあ、セルジオさまの筋肉なら問題はないのだろうけど。

「アタシも腕前には自信がありますわ」

 自信ありげなキャシーさんは、最初から強弓コンポジットボウを持っていた。

 短弓ショートボウほどの大きさだが、木材、動物の骨や腱、金属など、複数の材料を使うことで、長弓ほどの威力を発揮する弓。

 また、大きさも短弓程度なので扱いやすいが、高価だ。

 これも引くには膂力を必要とするけど、キャシーさんは難なく引いて見せた。

「私は可動式短弓クロスボウなら少し学んだことはあるのですが、本格的には……」

 私は言いつつ、可動式短弓を選んだ。

 機械的に弓を引くことで高い威力の矢を放て、なおかつ狙いも付けやすいが、連射することができない。

 しかし他に扱えない以上、仕方がない。

「俺は短弓ショートボウしか学んだことがない」

 意外なことにラーズさまは弓を本格的に学んだことがないそうだ。

 習ったのは、扱いやすい短弓だけ。

 基本的に戦闘技術は剣関係の接近戦が中心なようだ。

 私たちは弓矢の他に、臭い袋も購入した。

 野生生物も魔獣も、嗅覚が鋭い。

 人間の匂いがするとすぐに感づかれてしまう。

 だがこれを持っていれば、臭いは誤魔化せる。

 ゲームでは遭遇率エンカウントを低下させる効果があった。



 こうして、街で装備を整えた私たちは、宿で一泊して旅の疲れをとり、翌朝、ラムール王朝冒険者組合支部に張り出されている依頼を受ける。

 依頼内容は、滅んだ古代都市ガラモの魔物が現在どのように分布しているのかを調べること。

 魔物討伐ではなく調査に分類されている。

 これは常時張り出されている依頼らしい。

 魔物の生態調査は、冒険者組合にいつも寄せられる依頼だ。

 そして私たちは、疾風の剣サイクロンの所在地である、滅亡した古代都市ガラモへ向かった。

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