最低の目覚め
turtle
第1話 最低の目覚め
あたりは暗闇に包まれている。僕は後ろをなんども振り返りながら走り続ける。息があがり、足がもつれ、手をついて倒れこむ。僕はどれだけ走っただろう。あいつが来る。あいつが、、、。まてよ、あいつって誰だっけ?と、右の方から気配が感じられ、僕はよろめきつつ左へ向かって走り出す。
物に溢れた部屋の中央に私は座っている。電話が鳴りやまない。受話器を取ると金切り声、かと思うと低い嘲るような声に替わる。とどめは怒鳴り声で、受話器をもつ手が震える。それでも私は電話を切ることが出来ない。
おいおいちょっと待ってくれよ。見たこともないブスが俺の上に載っている。ブスは涎を垂らして俺に顔を近づけてくる。やめろ、どけ。ブスは俺の唇を塞ぐ。俺はげんなりとしてきた。その上そのブスは俺の息子をつかみ、、、。おいおいやめてくれ、今時お前レベルのブスは風俗にもいないぞ、続けるな、おれには無理だ。
目を覚ますと汗がびっしょりでシーツが濡れている。アプリを止めて、呼吸を整え、シャワーに向かう。毎朝これでは身が持たない。
「だから、貴方たちは贅沢なんですよ。」
アプリ会社”最高の目覚め”担当者は困惑した表情で答える。
「とにかく当社はアプリの返却には一切応じません。」
僕はここでも額の皺にたまる汗を拭きつつ状況を訴えた。
「ああ、あなたの場合はダイエットでしたね?起きているとおやつ食べちゃうんですよね?夜寝ながら運動出来るから、最高って言っていましたよね。」
僕はだんだんしどろもどろになってきた。
「まあ、貴方の場合は返却出来ないこともありませんが、、本当に辞めていいんですか?太りすぎて会社健康診断で数値が引っかかって、厚生部から当社のアプリインストール義務付けられているんですよね?。会社の昇給、それどころか解雇の心配もあるってあわてていましたよね。」
担当者から見て、男が肉に埋もれた小さな目をぱちぱちさせる様子は、屠殺される運命を知った豚を思わさせた。
「、、、もう少し続けてみます。」
僕は項垂れてアプリ会社を後にした。
「貴女の場合は無理です。」
茶髪にムラがありたれ目に涙を浮かべた女性に担当者は説明する。
「いいですか、貴方は買い物中毒の治療の一環として病院と裁判所からインストールが義務付けられているのですよ。お陰で返済額の減額と、、、。」
うるうるとした瞳で見つめられ、気おくれした担当者の手に自分の手をのせ
「ではもう少し強度を下げてはいただけませんでしょうか。」
担当者の口元がだらしなくゆるんできたのを向こうのデスクに座っていた女性上司が目ざとくみつけ、
「皆さんそれぞれ問題があるからこのアプリを使っている事をお忘れなく。」
一喝した。女性は舌打ちをしつつ、アプリ会社を後にした。
「貴方は問題外だ。」
咳払いをして仕切り直した担当者は答えた。
「このアプリのお陰で女性暴行に執行猶予がついたんだ。刑務所に逆戻りになるぞ。これを更生の機会ととらえて、、、。」
タトゥーを右腕に掘っている男は担当者を遮り、
「うるせえじじい。あれじゃあその前に俺の人生終わっちまうよ。」
担当者は呆れ顔で
「自業自得だろう。アプリに精力吸い取られ、、、いやいや、アプリで解消したまえ。まだ君は若い。」
男は最後まで聞かず、ホールのごみ箱をけり倒してアプリ会社を後にした。
「皆、贅沢だ。”最高の目覚め”のお陰で人生をやり直せるというのに。」
呆れる担当者に女性上司はコーヒーを淹れた。
「まあそんなもんよ。私達は親や教師のようなもの。憎まれ役よ。でもいつか感謝される日がくるわ。」
そんな日が来るのか、とはこの人の前では言えない。
「本当は分かっているのよ、あの人たちも。そして新たな人生に、最高の目覚めをすることが出来るのよ。」
最低の目覚め turtle @kameko1
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