『おはよう』
立花 零
おはよう
『難しいかもしれません』
「君が目を覚ますのは、難しいらしい」
どこかで、そんな声が聞こえたような気がした。
ふわふわと浮かんだような感覚に包まれている。朝も夜もわからないこの空間を私は知らない。どこかで体験したこともない。初めての感覚だ。
「ここはどこ?」
自分以外には誰もいないのだから、答えなんて返ってくるはずがない。けれど、さっき頭の中か・・・この空間に響いた声が答えてくれるんじゃないかという可能性を信じてみた。やっぱりさっきの声は気のせいだったか。
「難しい」その言葉に何故か絶望した自分がいた。何のことかわかっていないのに、ショックを感じたらしい。
浮かんだような感覚なだけに、自分で体を動かすことができない。移動できないから、この場所を調べることもできない。
私の中の好奇心がここを知りたいと叫んでいる。
『待ってるよ』
ふいにそんな声が響いた。私のものじゃない。この声を、私は知っている。ここに来る前に、聞いたはずだ。
そして私は答えた。「待ってて」と。
そうだ。戻らなくてはいけないんだ、と大切なことを思い出した。けれど、体は動かないし、ここから出る方法も知らない。私は目を開いている。これ以上に目覚める方法なんて知らない。
焦りをおぼえてきょろきょろと周りを見渡す。光なんてない。ただただぼんやりとした空気に覆われている。
この空間に体を委ねてみる。元々委ねているようなものだけど。
このままどこに運ばれていくのだろうと、意味の分からないことに好奇心が湧いた。それじゃあ戻れないとどこかでわかっているのに。頑張ろうとしない自分に嫌気がさす。
待ってくれていた人はどんな人だったか。そうだ、優しい人だ。嫌になるくらいに優しくて、嫌になるくらいに穏やかで。私がどんなに反抗したって怒らなかった。
身勝手に約束を取り付けた私に優しく笑いかけてくれた。
戻りたい・・・戻らないと。
『待ってて』
そう僕に言った君が眠りについてから一か月が経った。難しいと言われた君の目はもう開かないんじゃないかと。みんなが諦めかけている。
病気を患っても元気だった君が一瞬顔を曇らせたから、僕は迷わずに「待ってる」と言ったけど、正直その姿をずっと見ているのは辛かった。
君の両親は泣いているよ。友達だって泣いている。君が目を覚ましたらどんな反応をするのかな。
何回も話しかける。日々の出来事、君との思い出。
僕の言葉は風に攫われて、手応えを残さない。まるで空虚に話しかけているように、僕を孤独にさせる。
僕はついに周りから頭がおかしい奴だと思われ始めているよ。まあ、そんな僕を見て君は笑うんだろうけど。
顔にかかる髪を払う。
「そろそろ起きてもいいんじゃない?」
君の表情が緩んだ気がした。
なんだか温かさを感じる。今なら、行ける気がする。
やり方なんてわからないけど、戻りたいって強く願う。願っていれば戻れるような気がするほどに、勇気が出てくる。
また声が響いた。
待っててくれてるんだね、君は。
ばっと体が持っていかれるような感覚に包まれる。光が見えて、その先に私を待っている人が見えた。
視界が開ける。久しぶりの明るさだった。
視線を横にずらすと、驚いた君の顔があった。
「・・・おはよう」
君の顔が滲む。
「おはよ、頑張ったね」
ああ、私が探していたのは君だった。
『おはよう』 立花 零 @017ringo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます