目覚めたら、夢の続き。

美澄 そら

目覚めたら、夢の続き。



 

 その日の飲み会は、最悪だった。

 課長はなにかいいことでもあったのか、いつになく早く酔ってしまって、周りの女子社員に絡んでいた。

 しかし課長の悪酔いには、みんな慣れていることもあって、上手く避けてかわして、場の雰囲気をなんとか壊さないようにしていた。

 二時間の飲み放題のコースは、あっという間だ。

 店員さんが、飲み物のラストオーダーを聞きにきたときに、小さく悲鳴が聞こえた。

 振り返ると、同期の清水さんが課長に肩を抱かれていた。

「課長、飲み過ぎですよ。止めてください」

 清水さんが抜け出そうと、身を捩るけれど、課長はその手を離そうとしない。

 終いには口を尖らせて、清水さんの柔らかな頬にキスをしようとしている。


 それからの僕の行動も、酔っていたからに違いない。


 右手で拳を作ると、課長の頬に目掛けて、勢いよく叩きつけていた。

 騒然とする周囲。高笑いする僕。

「セクハラも大概にしろよ! クソジジイ!」

 ついつい気持ちよくなって、中指まで突き立てちゃって――僕は財布から千円札をばら蒔いて、その場を後にした。

 まあ、飲み会分の五千円しか入ってなかったんだけど。


「加治くん待って!」

 お店を出る瞬間、清水さんが声をかけてきた。

「私も、一緒に帰りたい、です」

 清水さんが腕を引いてきて、そして、僕は――


「清水さんも、もうちょっと油断しないでくださいよ。僕は、いつも貴女が心配で――僕は、貴女が好きだ」


 そこから先は、とても口に出来ないほどだ。

 まず、清水さんが追いかけて来るなんて時点で妄想に違いないのだけど、それからあられのない清水さんの姿……。

 なんて自分勝手な夢に、彼女を登場させているんだと思った。


 頭が痛い。ノミで木でも彫っているかのように、頭をがつがつ叩かれているような痛みで目が覚めた。

「え」

 ――清水さん?

 目の前で、清水さんが笑っていた。

「おはよ、加治くん」

 なぜ清水さんが僕の家に?

 そう思って勢いよく起き上がって周囲を窺おうとして、頭痛で定位置に戻された。

 見た限り僕の部屋ではなさそうだ。……ということは、更に問題なのでは?

 恐る恐る、自分の体をまさぐる。

 ――あ、シャツを着ている。

 おまけに酷いシワが寄っている。

「ふふ」

 清水さんが、鈴の音のような可愛らしい笑い声を上げた。

「……僕達、一線を越えて」

「越えてませんよ」

「ああ、よかった」

「いいえ、よくないです」

 横を見ると、清水さんが僕の手にそっと、そのほっそりとした美しい手を重ねた。

「覚えてないんですか? 昨日、好きだって言ってくれたじゃないですか」

「……言ったんですね」

「んもぅ」

 清水さんが少女みたいに頬を膨らませる。

「好きだって言ったのは、お酒のせい、じゃないですよね?」

「好きなのは事実です。……酔った勢いで告白とか、格好悪くてすみません」

「……よかった。わたしも、加治くんが好きです。

 課長に手をだしたことは、誉められたことではないですけど、例えお酒の勢いでも言ってくれてよかった」

 清水さんの頬が赤く染まる。

 その表情が可愛いなぁと思って、今もまだ夢の中ではないのだろうかと疑う。

「ところで、どこまでが夢だったのか曖昧で……課長を殴ったのは、現実なんですね」

「そうですね。月曜日、出勤したら一緒に謝りましょうか。……ところで、どんな夢を見ていたんですか?」

 重ねていた手。清水さんの指が、僕の指に絡まってくる。

「え? え―……と、もう一眠り、しませんか?」

「加治くんはぐらかしたでしょう。いいですよ、目覚めたらちゃんと夢のお話聞かせてくださいね」

 清水さんが、僕の鼻にキスをして、体を寄せてきた。僕はそっと包むように、彼女の華奢な肩を抱きしめる。


 目が覚めたら、一緒に朝食を取ろう。

 それから、それから――。


 清水さんとしたいことをあれこれ考えて、僕は眠りについた。




おわり













  



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目覚めたら、夢の続き。 美澄 そら @sora_msm

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