101匹にゃんこ!

水木レナ

ここにいるよ。

 ペットロス。


 猫を失ったその胸には、ネコ型の穴が空くという。


 子猫から育てた相棒を失った痛手を埋めるには、ほかの猫を飼うしかないのだ。


 苦しい。つらいからこそ思い出す。あの子が死んでしまうと知った時のことを。





 餌を食べなくなったんだよね。


 表へ遊びに行くから、よそで何かもらってきたのかと思って二日、放っておいた。


 三日目、吐いた。毛玉ではなく、胃液を吐いた。なにも胃袋に入ってないらしい。


 そういえば、用意した水を、ここのところ飲まないなと思っていたのだ。


 


「寿命です」


 端的にお医者は言った。確かに、この子は十年以上、生きてきた。お年寄りだったのだ。


「点滴や注射でなんとかなりませんか?」


「そういう時期はとっくに過ぎてます」


 そんな……。





 入院の手続きを済ませたころ、動物病院に一人の白髪女性が入ってきた。


 手にインコを持っていた。


 ひな鳥の時から育ててきたという、手乗りセキセイインコだ。


 それが、足の指を損傷したという。もう、止まり木にとまって水を飲むこともできないそうだ。





 しかし、生きてるんだからいいじゃないか。


 お医者に「もう寿命」と言われたのじゃないのだから。


 お医者はその女性に言った。


「うちは鳥はあつかってません」


 そうだよね。見かけたことないもん。





 それならばと、私は言った。


「**町の石川動物病院はハムスターを診てくれましたよ。文鳥を連れてきた人もいたようだった。先生、どうでしょう」


 先生は女性の手元を見てうなずきを返し、


「石川動物病院なら、診てくれるでしょう」


 うけあった。





 白髪の女性は、なんども確かめたしかめ、椅子に座ってタクシーを待っていた。


「石川動物病院ですね?」


「そうですよ」


「**町ですね?」


「はい、そうです」


「バスで行けばいいの?」


「先生がタクシーを呼んでくれましたから」


 なんで私が、動物病院の助手みたいなことをしているんだとこっそり思った。


 女性はぼやく。


「買ったときは数千円だったのに、餌代、ケージ代、治療費に何倍もお金がかかる」


 私は顔をそらして、窓際の台にのせられたケージの中の子猫を見た。指を差し出すと前脚でじゃれてくるのがかわいいのだ。


 あなたは、たった数千円でそのインコと過ごす権利を得たんだ。餌代にケージ代? あなただって住む家もあれば、食べ物を食べるでしょう。


 経験上、小鳥の脚がもとに戻らないのは予想がついた。


 だけど、私の相棒は、今死のうとしているんだ。もう、助からないのに入院させるんだ。治療代? そのインコはちょっと診察してもらって終わりだよ。


 命に軽重はないのは、わかってる。


 だけど、たった数千円払えば助かる命と一緒にしないでほしい。こちらはあと何十万とかけて延命するしかないんだ。





「あの……なんていう病院でしたっけ?」


 その女性は物忘れというレベルでは説明のつかないスピードで、情報を右から左へ流していった。


 私は悲しくなって、もう一度子猫のケージに見入った。


「石川動物病院ですよ」


 先生が言った。





 こんな物語を私は書いた。


 タイトルはこうだ。


『セキセイインコの夢』


 女性があるとき、迷い込んできたインコを拾う。


 そのインコは黄色い頭のブルーの背中。毎日青菜と水を飲む。


 だけど、インコは空を飛ぶ。大事にしても、旅立つ時が来る。


 女性は追いかけて、灰色の道路を走り、川面の橋を渡り、坂のある公園へ。


 セキセイインコが翼を休めたところには、うつくしい青年がいて、追いかけてきた女性に話しかける。


「…………」


 いい雰囲気になったと思ったとたん、夢ははじけて、女性は自分の寝室にいるのに気づく。


「ピーチャン、オハヨウ! ピーチャン、オハヨウ……」


 そばには鳥かごに入ったセキセイインコが朝の訪れを告げていた。


 女性はつぶやく。


「なんなのよ、この結末は!」


 女性はつぶやく。


「せっかくいいところで、なんで目醒めちゃうの。夢オチは禁止って漫画入門にあったでしょう!」


 女性は、つぶやくんだってば!


「だいたいね、行きて帰る物語を書きなさいって、先生が言ってたでしょう? それがストーリーの真髄ってもんよ!」





 ……だめだな。


 最近スランプだ。


 キャラクターがこういうメタ発言するんじゃ、相当だめだ。


 眠ろう。





 私は気づくと、だだっ広い平地に横たわり、青い空を見上げていた。


 その空を何十羽という、色鮮やかなセキセイインコが飛んでいく。群れをなして。


 その迫力!


 ああ、私の書いた物語なんて、この壮観さに比べたら。


 なんて、想像力が貧困なんだ……。


 浸っていたら、セキセイインコが一羽、また一羽と舞い降りてきて、私をつつく。


「あたっ、いたたた!」


 ろくな抵抗もできず、襲われていたら、トラジマの影がバシッとそれらを叩き落した。


 セキセイインコの猛攻が始まった。


 空から舞い降り、つつく。


 トラジマがバシッとたたく。


 舞い降り、つつく。


 バシッとたたく。


 つつく。


 バシッ。


 つつく。


 バシッ。


 ……どうでもいいけど、痛いわ。


 起き上がろうとすると、セキセイインコが一斉にとびかかってきた。


「わー、助けて!」


 暴れようとしても、手足が重い。体がいうことをきかない。


 金縛り? これって夢? でも爪が当たって痛い。


 ……爪?


 顔にふにゅんと言い知れぬ感触。やわらかい。そしてチクチクするものがきゅっきゅっと私の頬に触れてくる。ああ、あたたかい。


 いくらでも眠れそうだが、夢の続きを見たくないので起き上がることにした。


 目を開けて見れば、私は101匹の猫に囲まれ、全体重をかけてのしかかられ、エアコンのない冬だというのに、ぬっくぬくで目醒めたのだった。






 おしまい

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

101匹にゃんこ! 水木レナ @rena-rena

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説