彼は目覚めるだろう、幸福と慈愛に満たされて

ハイロック

第1話「時を超えた目覚め」

「いったい何だってこんなことに!」

「いまさら、言ったってしょうがないだろう、早く逃げろ」

 カーミィーの仲間の一人アラベスタは振り向きざまに、手にしたマシンガンを迫りくる謎の生物に浴びせる。

 生物は、一見すると牛のような姿をしているが、目元は血走り、大きく開いた口からは、黄緑色の液体を垂れ流している。もちろんただの牛などではない。

 その生物に追われ、つまずき倒れていたカーミィーは、仲間の援護を受けて慌てて立ち上がり、仲間の元へと全速力で走る。

 マシンガンにひるんでいたその生物だったが、カーミィが体勢を立て直すと同時に、再びカーミィたちに襲い掛かろうとしていた。

 マシンガンのダメージははほとんどなさそうだった。


「急げ、あそこだ!」

 アラベスタは、数100m先にある、白い塗装の大きな工場を指さす。煙突などが見当たらないのでそれが工場かどうかはわからないが、目指すべきものはそこにあるらしかった。

 そして、カーミィたちは工場の周りに張り巡らせてあった、高さ3mほどの金網を急いで登り始める。

 登り切ってしまえば、少しは金網が生物の足止めをしてくれるだろう。

 カーミィ達は金網の頂上まで登ると、飛び降りて再び工場へと向かった。幸い周囲は芝だったので、いささか躊躇はしたものの、ケガをせず飛び降りることができた。

「本当にあそこに、シャトルがあるのか」

 走りながら、カーミィは友人に尋ねる。

「あぁ、あそこは金持ちどもの宇宙旅行用シャトルの停留所なんだが、金持ちどもがみんなあのありさまだからな」

「……こんな形で初宇宙とはな」


 ――30年前この星では人口爆発のせいで、未曽有の食糧危機の事態に直面していた。発展途上国では餓死者が絶えず、先進国でも十分な食料がいきわたらず、食料は高騰し一部の金持ちのみがかろうじて肉を手に入れ、一般人はあわやひえなどの雑穀や、モロヘイヤなどを食べていた。

 しかし20年前、ドクターテスタロッサは、人類を救う最大の品種改良に成功した。

 何と光合成する牛である。それは餌を必要とせず、水と光だけで十分に育った

 しかもその牛は、従来の牛より霜降りが多く、やわらかな食感は金持ちにも大変好まれた。

 繁殖力にも優れるこの牛は、あっという間に世界中に広がり、人類の食糧危機はドクターテスターロッサによって救われた。

 ――かにみえた、しかし5年前から異変が現れたのである。


『ぶっもぉぉぉ――ーっ!』

 まるで牛たちの怒りの咆哮のようだった。

 世界中で牛たちが暴れるようになった、牛は徐々に知能を持つようになり、同胞が食用に殺されていくのを見て、牛たちは群れを成して人間に抵抗を始めたのである。

 牧場主が牛に殺される事件が多発し、さらに牧場外に飛び出した牛の群れが街に飛び出し、人々を襲うようになった。しかし、それを抑え込むことは難しいことではなく、各国の軍が総動員されて牛の暴動は止められた。


 だが誤算は、その牛を常時食べていた人間の変化である。

 品種改良が成功したころの牛にはなんの問題もなかった、それはきっちり実験されていたし食用にして問題ないはずだった。しかし知能を持つようになった牛を食べた人はみな、手足がしびれ、口からだ液を垂れ流し、やがて眼が飛び出して、体中が壊死するようになった。

 致死率100%の病気、人はこれを凶牛病と呼んだ。

 食べてしまった人間に対して施こす方法はなく、治療法は見つからなかった。そもそも、治療、研究する側もみなその牛を食べていたのだ。

 それほどにこの牛は安価で、人類皆に普及していた。


 99%以上の人類を失ったこの星は、恐ろしい繁殖力を誇るこの牛たちに埋め尽くされ、残された人類は一部のベジタリアンのみとなった。


 ――――――――

「よし、このシャトルなら使える」

「そうはいっても動かせるのか?俺は無理だぞ」

「大丈夫だカーミィー! 金持ちのやつなんて、とりあえずオートパイロットで行けるから」

「そうか、よしとりあえずこの星をでよう!」

 残されたベジタリアン達のうちに二人が、このカーミィ・ド・レッドとアラベスタ・ワンであった。


 二人は何とか、すでに死んでしまった金持ちたちの宇宙船を見つけ、宇宙へと飛びだった。目的地など決まっていない、ただこの星にいたままでは、死ぬ以外の未来は残されていないのだ。

 食料、水の備蓄は50日分ほど……、それまでにどこかの星を見つけて、漂着しなければいけない。


「最悪、コールドスリープするしかないな」

 アラベスタは4台ある機械を見つめてそう言った。


 宇宙旅行では何日もかかる旅がほとんどである、それゆえに長距離移動する場合のほとんどは目的地に着くまでにコールドスリープをすることになる。本来コールドスリープの手順は難しいがこの星の高度な技術で、簡易にそれができるようになっている。

「都合よくどこかの星があればいいけど」

 カーミィーは不安そうにそういった。


 星を飛び出したのはいいけれど、行く当てなんてどこにもなかった。


「……都合よく、この船の持ち主がブックマークしてた星に、保護星ぽいのがあるな」

 保護星とは環境保全を定められており、研究や観察のため以外の訪問が禁じられている星である。極秘とされているこの星を知っているということは、この船の持ち主は何らかの研究者だったのか、政府の高官だったと考えられる。


「……助かるか、とりあえず」

「助かったって男二人だ……もう、先はないけどな」

「先に誰か逃げてるかもしれない」

「そうだな、女であることを祈ろう」

「……星までは?」

「2年ってとこだな、一度眠って、惑星突入の直前でまた起きよう」

「ああ……、一旦おわかれだな」

「また会おう……アラベスタ」

 そうして二人は同時に眠りに着いた。


――約2年後。

「アラベスタ! アラベスタ!」

 コールドスリープから目が覚めたのは、カーミィだけだった。

 コールドカプセルの中のアラベスタは、氷漬けになったまま目を覚ますことがなかった。……不良品、いや、コールドスリープの性質上、一定の割合で眠ったままになってしまうケースは報告されている。

 それゆえに定期メンテナンスは必須なのだが、この宇宙船自体がメンテナンスされてるはずが無かった。

 

 カーミィは泣いた、目が覚めて惑星に突入し着陸するまで、孤独を抱きしめながら泣き続けた。

 カーミィはいま本当に宇宙で一人ぼっちの存在になってしまったのである。


 

 ――やがて、カーミィはその保護惑星にたどり着いた。

 カーミィはその自然であふれる星をさっそく歩き回った。幸い食料に困りそうではない、大きな苦労をせずとも、果実や木の実、根菜類を取るだけで生きていけそうである、飲み水も十分だ。

 それがわかっても惑星中を彼は歩き続けた。

 カーミィは知的生命体に会いたかった。ここに知的生命体はいないと知っていても彼は探さずにはいられなかった、これから先たった一人で生きて行くのは辛過ぎた。


 1年後彼は、探索をあきらめた。歩き回れる範囲に知的生命体が存在しないことがはっきりわかってしまったからだ。

 彼は覚悟を決めた、彼は木材などを駆使して、乗ってきた宇宙船を、地形の浸食などを受けずに済みそうな場所へと移した。

 そして彼はそこで、コールドスリープで永遠の眠りにつくことを決めた。きっとこの宇宙船に気づくものが現れる。そして自分の眠りを覚ますものは知的生命体だと、そう信じたのだ。

 

 コールドスリープで外から目を覚まさせる場合にはパスワードの設定が必要である。

 ご丁寧に彼はそのパスワードをコールドスリープ中に張り付けておいた。もしその文字が読めなくても知的生命体なら、絵合わせの感覚でボタンを押すことができるだろう。もし、そうじゃないものがここに気づいて破壊をするのであれば、もうそれはあきらめるしかない。

「ではおやすみなさい、未来のだれか……」

 そういってカーミィは永遠の眠りについた。



――5億年後


 カーミィは目を覚ました、誰かがカーミィのコールドスリープのパスワードを解いたらしい。

 カーミィの目の前には、自分たちと形状がよく似た生命体2匹が裸で突っ立っており、カーミィを呆然と見ていた。

 明らかにカーミィを警戒している様子だ、男と思われる方の手には石器が握られている。

「おはよう、何年ぶりの目覚めになるかな、俺はカーミィ、君たちは?」

 カーミィは裸の二人に言葉をかける。

 二人はお互いの顔を見合わせながら、「$%$(((%##%+*%$」とわからない言葉をこちらに向けていた。

「そうか言葉は話せないんだね、うんでも、大丈夫。僕が少しずつ君たちに文明を与えていこう、そうだねまず服を着ることを覚えようか」

 そういって、カーミィは自分の着ているものを指さしたり、つまみ上げてジェスチャーで服を示す。

 そうすると二人はうんうんとうなずいた。

「君たちはまだ、何も知らないんだね。そうだ、君たちに名前を与えよう。君たちは『アダム』と『イブ』だ……そして僕のことはカーミィと呼んでくれ」

 

 数億年ぶりの人との出会い、カーミィの目覚めは感動で満ち溢れていた。













――――――――――――――――――――――――


「――というのがお父さんたちが信じてる教団の『神の最高の目覚め』というお話なんだよ、分かったかい、太郎!」


「だから、お父さん、絶対その新興宗教に騙されてるんだよ!お話に矛盾しかないじゃないか、そんな長年コールドスリープできる宇宙船があるなら、食糧危機になる前にとっくに、その星を飛び出してるよ!」


「……何を言うんだ、カーミィがいなかったら今の文明はないんだぞ!お前も早く信じることを覚えなさい」

「そもそも、なんでカーミィさんが『神』って呼ばれるようになったことに納得してるんだよ、神って日本語じゃないかあああ!」

 太郎はそう言って、超訳聖書の本を投げ捨てるのだった。


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