《KAC7》夢で会えたら

一十 一人

夢で会えたら

 ピーッ。

 ガガガッ。




「どこでもドアを作ったらどうなる?」

「ああ、そうだよ」


 放課後、誰も居なくなった高校の教室で、行儀悪くも教卓の上に腰掛けながら彼はそう言った。


 前後にドラえもんのひみつ道具について語っていたわけでもない。

 だから、私は彼の突拍子もないそんな質問に思わず怪訝な顔を浮かべてしまった。


「なんでまた……」

「ほら、いいから答えて」


 促す彼。


 彼のこう言った思考ゲームというか、考えなくてもいいことを無意味に考えたがる悪癖は彼自身を語る上で欠かせない。


 だからこんな類の脈絡もない問いかけもよくあることではあるのだが、


「……そりゃあ世界中どこでも行けるようになるんじゃないの?」


「フツーだな。まあ聞きたいことはそういうことじゃないけど。世界中どこでも行けるようになったらどうなんの? って話だよ――例えば単純な話、旅客機のパイロットなんかは職を失うんじゃないか?」


 ああ、なるほど、そういうことか。

 種明かしではないが言われてみればなるほどそうなのかも――というかそうとしか考えられないのかもしれない。


 じゃあ最初から『万が一どこでもドアが開発された時生じる諸問題について語り合おうぜ!』と言って欲しかったが。


「ま、なんでもいいけど。飛行機のパイロットが職を失うって言うならタクシードライバーや電車の運転士も仕事なくなるんじゃない?」


「いや、電車はともかくタクシーはなくならないんじゃないか、少なくとも当面は」


「ん、そうかな?」


「ああ、だって某N君は某Sちゃんの家――のお風呂場によくどこでもドアを繋ぐけど、実際にどこでもドアが開発されたら一家庭で持つような代物にならないと思うよ。値段的な問題で」


「ああ、まあそれはそうだろうね。車より安いことは無いと思う」


「多分駅とか空港だったとこに設置される形になるんじゃないかな。しかも『どこでも』じゃなく、どこでもドアツーどこでもドア、とまでは行かなくてもそれなりの行ける場所の制限はかかると思う。だから逆にタクシーなんかは重宝されるんじゃない? 小回り効くからね」


「あー、そんなとこまで考えるんだ」

「そんなとこまで考えるんだ」


「――でもそんなとこまで考えるなら多分どこでもドアは作るべきじゃないだろうね」


「そうか? 利権抑えたら多分本当に末代まで遊んで暮らせるぜ?」


「利権抑えたら多分本当に末代まで遊んで暮らせるからだよ。どこでもドアが出来たら運転士もそうだけど宅配とか運送とか、車関係の仕事とか飛行機作ってるとことか、流通に携わる関係全部潰れるんじゃない?」


「それは――まあ、潰れないまでもどこでもドア導入して人員カットはするかもな。車はコレクション用の芸術的価値の高いようなのは大丈夫だろうけど大衆車はダメかな」


「ビジネスホテルとかもダメだろうね日帰りで行けるようになるし、旅館とか高級ホテルの滞在すること自体が目的になるようなのは大丈夫だろうけど」


 まあパッと思いついただけでこれくらい――これほどまでに影響が出るのだ。


「さっき君は利権とか言っていたけれど、その利権とちょうど釣り合うように――恐ろしいほど釣り合うように損する人達が出るんでしょう?」


「まあそうかもな」


「だったら、少なくとも私はどこでもドアなんて作りたくないよ、そんな大勢を不幸にする代物を」


 私は毅然としてそう言った。

 例え話に何を言っているのかと思うが、これがこの時の私の気持ちだったのだ。


 そんな私を見て、彼は優しく笑い――


「まあ、どこでもドアなんて出来ないんだけどな」


「身も蓋もないこと言うよね」


「だってそうだろ? 一体誰がそんなもの作れるって言うんだよ」


 半ば茶化すような彼の言葉。まあ私だってそう思っていたが、もしその質問に答えを返すなら。


「恋する乙女かな?」

「え?」


「どこでもドアを作るなら、だよ。多分ただ賢いだけの奴より愚直な奴がどこでもドアを作るんじゃないかな。時代を変えるのは好きな人の為なら物理法則なんて捻じ曲げてもいいと思っている女の子だよ」






 ピーッ。

 ガガガッ。


「…………」


 私は目を開けて重たい頭をもち上げ、ベッドの上に座った。

 別にベッドの上で横になり目を閉じて浸っていただけで寝ていたわけではないが――『最悪の目覚め』だ。

 最悪すぎて涙が出てくる。


 目の前のコンピュータが何やら言っているが私はそんなものに耳を貸さない。


 懐かしい記憶だった、もう何年前、いやだったか。


 私が17歳の夏だったのは覚えているが今の自分の年齢があやふやだ。


 そして何より彼がいる時代だった。


 その時代の記憶のストックはたくさんしてある、決して忘れないように厳重に厳重に保護しているのだ。


 最後に何か見ようとランダムに選んだのだが、よりにもよってこれかと言う感じである。


 会話自体にはさしたる意味はない、あの頃彼とよく繰り広げていた他愛のない会話だ。

 けれどやっぱりよりにもよって、と言う感じである。


 人間はなんでもないことにかってに、偶然性を見出すらしいが、果たしてこれも偶然なのだろうか。


「まあ、なんでもいいか」


 よっ、と。

 私は勢いよくベッドから立ち上がった。



 私はこれから



 何百年、もしくは何千年もの間それだけのために生きていたのだ。


 生き返った彼に引かれないように若返りの研究をし高校生時代の容姿に戻った。

 彼に会うまでは死んでも死に切れない――なんて言っても寿命はあるので不老不死の研究もした。

 そうして、それからはずっと彼が生き返る為の研究を続けた――それがついに実を結んだのだ。


 臨床実験はすでに成功、すでに何ダースもの人間を生き返らせることに成功した。

 生物として磨耗していないことも、不老不死の技術が適用できないなんて不具合がないことも確認済み、まさに磐石の布陣である。


 それもこれも、私がどこでもドアを発明したからだ。


 高校時代の彼と私は正しかった、そして間違ってもいた。


 正しかったのは莫大な利権を手に入れることができたことだ、それを使い私は様々な研究に邁進することができた。


 間違っていたのは、その影響だ。大勢が職を失う――なんてもんじゃなかった。


 誇張表現なしに命を奪われかけたし、世の中がいかに醜いか――見通しがつかないかと言うことを身をもって教えてもらった。


 世界中の人口の半分がどこでもドアのせいで失われたと聞いた時は、流石に揺らぎそうになったが、まあそれは、悪魔の兵器だとか呼ばれている私の作品が何かをしたというより人間の悪意が引き起こした終末だしね。


 ああ、それから正しかったことがもう一つ。

 やっぱりどこでもドアを開発したのは恋する女の子だった――その時は女の子と呼べるか怪しい年齢だったが。


 そういう意味ではどこでもドア――もっと言えばあの会話は私の始まりと言って良いのかもしれない。


 だからよりによって、最後の最後に私の信念と悪業の始まりを見せなくともなんて神様を恨んでしまう。


「悪業、ね」


 当時の私は『たくさんの人を不幸せにしたくない』とか言ってたな。

 流石私、見た目だけじゃなく性格も超カワイイ!


 それでも結局そんな矜持は5年後には無くしてしまったし、今思い返しても別に後悔は無いけどね。


 多分、彼は生き返ることを喜ばないだろう。

 偏屈で嫌味ったらしくへそ曲がりで性根のねじ曲がった彼はきっと困ったような顔をするはずだ。


 優しい笑顔の下に夥しい傷を隠し、それに耐えきれなかった彼は悲しそうな顔をきっとするだろう。


 だから、彼を生き返らせたいというのは私のエゴに過ぎない。


 もしかすると、彼にとって生き返るということは『最悪の目覚め』に他ならないのかもしれない、彼はようやく死んで安らかな眠りを得たというのに。


 それでも。

 それでもだ。


 私だって慎ましく『夢の中で彼に会えるのならばそれでいい』と思っていた時期もあった。

 実際に、先の装置を使って数百年間眠り続け、その抗いがたい夢のような彼との日々を楽しんだことが――このまま眠り続けたいと思っていたことがあった。


 それでもだ。


 私は夢の彼ではなく本物の彼に会いたい。

 彼のいない世界なんて、そんな悪夢から早く抜け出したい。


 人類史上最悪の人間なんてものにかつて数えられた私に恐れる悪行などもう何も無いのだから。


 だから私はこれを使って彼を生き返らせる。


 この彼がどこにも居ない悪夢のような現実から――あの彼と共に過ごす忘れがたい麻薬のような夢から、私は目覚めてやる。


 私はもう確認するまでも無い決意を胸に寝室を後にする。


 おそらく人を生き返らせるということはどこでもドアより悪いことだろう、また私の罪業リストに一つ項目が増えること間違いなしだ。


 それでも私は『最高の目覚め』を迎える。

 必ず、彼と一緒に。

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