"KAC7"最高の目覚め……。アタックと言う名の不意打ち。

夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん

幸せ

 これは休日、日曜日の昼間の出来事である。


「おわー、来たぁゆうき抱きまくらぁー」

「俺は抱き枕じゃねぇし。その女っぽい声出すなよ気持ち悪い」

 猫撫で声のような女子らしい声を耳に入れ、少し伸びた黒髪を鬱陶しげに掻く高校一年の祐樹は、ベッドに腰を下ろした幼馴染に鋭い視線を向けていた。


「お、女っぽい声ってユメは女だもん!?」

「女だったら付き合ってもない男を自分の部屋に上げたりしないだろ。どんだけ図太い神経してんだか」

「ず、図太くないしっ! それに良いじゃん、ゆうきは幼馴染なんだから……」

「幼馴染でも限度があるだろって言ってるんだよ。わざわざ家族のいない時間に俺を呼び出した理由が『抱き枕になって』とか」

「そんなことを言いつつ来てるくせに。ふーんだ」

 祐樹の言い分が余程不満だっただろう。雪のように白い頬を膨らませ、茶が掛かった艶のある長髪を揺らしながらベッドの上で首を振るユメ。

 童顔で可愛らしい顔立ちをしているユメの『拗ねた』表情はとても似合っている。


「なんだその言い草。見ろこれ、着信履歴32件って。バケモンかよ」

「わたしは一回しか連絡してないし」

「ちゃんと履歴が残ってんだよ! ここに!」

 ズカズカと勢い良くユメの前に歩み寄り、証拠となる着信履歴の画面を見せる祐樹。

「ご、ごめんってばー。そんなに怒らないで……」

「ったく、俺は説教しに来たんだよ。抱き枕コレをやめさせるために。お前も高校生になるんだろ? なら自分で彼氏作ってしてもらえ。お前は顔が良いんだからすぐ出来るから」

「ゆ、ゆうきも……カッコいいもん……?」

「……っ、この意見を変えるつもりはない」

 こう褒められた瞬間、無意識に息を呑む。そうなってしまうだけの理由が祐樹にはあるのだ……。


「変えるつもりないってそれは……やだ」

「やだってなんだよ。もう俺は決めてんだ」

「やだよ……。ゆうきじゃないと……やだ」

 ベッドの角にピシッと揃えられた布団を両手で手繰り寄せ、本気だと伝えるように瞳を潤わせるユメ。こんな弱々しい姿を見せられたなら、強く言える人間は限られてくるだろう。


「あ、あのなぁ……。売り切れ続出の巨大シュモクザメ抱き枕を買ってるヤツがそんなこと言っても説得力ないよ。……それに俺の対応を見たらもう分かるだろ? 俺はもうお前の抱き枕にならない。そう決めて来たんだって」

「……」

「常識的に考えてみ。彼氏でもない男を抱き枕にするってこと。今までがおかしかったんだよ」

「そんなこと言われても幼馴染……じゃん。昔からしてたじゃん……」

「昔だからしたんだよ。高校生になっても続けるやつがいるか」

 中学校から高校に上がるというのは大きな境目になる。

 それ以前に祐樹が抱き枕になっているということは、互いの家族には内緒にしていること。

 この行為がいけないーー非常識であることを理解しているからこそ、ユメが高校に上がるという節目で辞めさせなければ……と、決断している。


「……それじゃ、俺はそのことを言いに来ただけだから。次、俺にこんなお願いしてきたらお前の親にチクるから」

「ま、待って……っ!」

 言うべきこと言い終え、この部屋からそそくさと退散しようとした祐樹の袖をギリギリでユメは掴む。

「な、なんだよ……」

「今日だけ……。き、今日だけでいいから……。もう……わがまま言わないから……」

「……」

「お、お願い……。今日だけ……っ」

 泣きそうな、悲しそうな、捨てられた子犬のような目で訴えるユメ。


「もー。はぁー……。今日限りだからな。約束しろよ」

「……う、うん……。ありがとう……」

 この訴えに簡単に折れてしまう祐樹である。



 * * * *



「ったく、もう寝やがって……。なんでお前はこうも警戒心ゼロなんだか……」

「すぅ……んぅ……」

 シングルベッドに2人。空きのスペースが無い中、祐樹の胸板に顔を埋めユメは規則正しい寝息を立てていた。


「なんでこんなに早く寝られんだよ……。年頃にもなって緊張しないのか……」

「すぅ……すぅ……」

 ユメは完全に祐樹を抱き枕にしていた。細く小さな腕を祐樹の腰に回し、脚も絡み付けて……。

 その一方で、こちらの心臓は『ドクン、ドクン』と、うるさいくらいに鼓動を鳴らし続けている。


「……まぁ、これも最後、か」

「すぅ……」

 ユメのわがままで今日限りとなった抱き枕兼、添い寝。

 今日、これが最後。そう分かっているからこそ……ついに祐樹の本音が漏れ出す。

「……本当、今日限り……なんだよな……。本当に……」

『もうこんなことはしない』そう覚悟してきた祐樹。しかし、この事実が決心がどんどんと揺らいでくる。


(……俺だってずっとこうしていたいんだからな……。でも、そうは出来ないんだよ……。嫌な思いだけはさせたくないし……)

 祐樹はユメとするコレを嫌がっていたわけじゃない。一番の理由は、ユメに嫌な思いを、怖い思いをさせたくなかったからだった。


 中学を卒業し、思春期に入っているユメの身体は当然発育が始まっている。

 膨らみが出てきた柔らかい胸を押し付けられるだけでなく、柔らかい身体。密着することでユメの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 祐樹は理性を保つことで精一杯。いや、保つことすら危うい状態でもあったのだ。

 それはユメが中学生だから、女子だからだなんてそんな簡単な理由ではないーー

「お前のこと、好きなんだから……。これからは危機感持ってくれ」

「すぅ……ぅっ!」

「は!?」

 ずっと一定のリズムで呼吸をしていたユメだったが、突如として息が詰まったような不自然な声が出る。

 その原因は間違いなく一つ。


「お、起きてんのかお前ッ!?」

『……コ、コクリ』

「ちょっ、一旦離れろっ!」

 ユメが寝ていると思ったからこそ発した自身の想い。その想いを聞かれたなら平気でいられるはずもない。

 接着剤で張り付いたようなユメを強引に離そうとする祐樹だが、ユメは逆の行動を取る。


『ぎゅっ』と、さらに強い力を入れて抱きしめてきたのだ。


「なっ……!?」

「ゆ、ゆうきはほんと鈍感だよ……。好きでもない人をわたし部屋まで来させるはずないじゃん……。神経図太くないって、わたし言ったよ……」

「あ、ああ……い、いい言ったな、そ、そういや……」

「わたし、言ったもん……。彼氏はゆうきじゃないとやだって……」

「そ、そんなこと言ってねぇだろ!? そう聞いてたら俺はーー」

「思い出してよ……。もう、恥ずかしいよ……」


 グイグイと祐樹の胸元を掘り進めるように深く顔を埋めようとするユメ。

 そんな中、パニックになっている頭をなんとかフル回転させる祐樹は、ある会話を思い出す。


『ったく、俺は説教しに来たんだよ。抱き枕コレをやめさせるために。お前も高校生になるんだろ? なら自分で彼氏作ってしてもらえ。お前は顔が良いんだからすぐ出来るから』

『ゆ、ゆうきも……カッコいいもん……?』

『……っ、この意見を変えるつもりはない』

『変えるつもりないってそれは……やだ』

『やだってなんだよ。もう俺は決めてんだ』

『やだよ……。ゆうきじゃないと……やだ』

「ーーッ!」

 祐樹は理解した。

 ユメはずっと想いを伝えていたことに……。

 自分はその意味に気付いていなかったことに……。気付いていなかったからこそ、言葉がすれ違っていたことに……。


「……いやいや、まさか」

「信じてよ……。好きでもない人をわたし部屋まで来させるはずないんだから……」

「わ、分かりにくいんだよお前は!」

「気付かないゆうきが悪いじゃん……。友達には全員にバレてたもん」

「……もういい。こっそり俺の言葉聞きやがって。タチ悪すぎんだろ」

「と、とか言いつつ嬉しいくせに……。わ、わたしがゆうきのこと好きだって知って……」

「う、うっせ」

 ユメの言葉が事実だとわかったからこそ反論も何も出来ない。祐樹はふてく気味に顔を背けた


「でも……、これでずっと抱き枕が出来るんだね、ゆうき……?」

「は? 俺はもうしないって言っーー」

「恋人なら、これくらいは常識だもん……」

「ちょ、待て」

 ユメは逃げ道を塞ぐ。『恋人』と発言することで確定の事実とさせるのだ。


「ふぅ……。これでわたしは安心して寝られる……」

「おいおい!? この状況で寝んのか!?」

 今のなおずっと祐樹の胸元に顔を埋めているユメ。一度くらいは顔を見せても……なんて思う祐樹に、彼女から正当な理由が下される。


「だ、だって……今の顔はゆうきには見られたくないから……。そ、それじゃ寝るね……っ!」

「ちょっ、おい!?」

「ぐー、ぐー、ぐー!」

「下手くそかよ」

 コントのような会話を交わす二人。そのまま無言が包み数分が経った矢先ーー突としてユメはこう呟いた……。


「……わたし、幸せだよ……ゆうき……」

「寝るんならはよ寝ろ」

「うん……。ありがと……」

 そうして、言葉通りユメは幸せそうな表情のまま眠りに入る……。

 これからも抱き枕が出来る安心感。ずっと好きだった祐樹と結ばれた嬉しさを噛み締めながら。


 だが、そんなユメは目覚めた瞬間に不意打ちを食らうことになる。


「はぁ。もうダメだ」

 祐樹から聞こえた諦めの声。

 意識がまだぼんやりとした状態からーー『ちゅっ』と、頰に当てられた不意を突く、、、、、、攻撃が。

 彼氏の胸元でずっと隠し続けていた真っ赤な顔を、ユメは簡単に晒してしまった……。

沸々とある感情が芽生え、ユメの耐久値は一瞬でゼロになる。


「ば、ばばばばかぁああああ〜っ!!」

「おいおいおいおい!?」

 そんな怒号と共に、握り拳が飛んできたのは言うまでもなかった……。

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