罪の告白

杜侍音

罪の告白


 ねぇ、返してよ……返して、私の──


   ◇ ◇ ◇


「うわぁぁぁあ‼︎」


 知らない女の人の声に、僕はたちまち驚き叫び、起き上がる。

 ただ声はすぐさま聴こえなくなった。今、僕は自分の部屋で寝ていたみたいだ。


「夢、か……」


 悪夢だ。

 部屋が暗く、壁に掛けた時計の針が読めない。とにかく今は深夜だということだけは分かっている。

 身体中は汗でビッシャリ。

 気持ちが悪いので、一度シャワーでも浴びようかと思い、布団から這い出る。

 そして、自室の扉を開けた。


「ねぇ、返してよ」


 扉を開け、そこに立っていたのは黒髪の女性だった。さっきまで夢の中で聴こえていた声と同じ。


「う、うわぁぁぁあ⁉︎ どうしてここに⁉︎」

「返して……私のを返してよぉ!」

「分かった、返すから! 返すからぁ!」


 声は消えた。

 顔を上げると、もう女性はそこから消えていた。

 思わず安堵の溜息が溢れる。


「約束だからね」


 背後から囁く声。

 ゆっくり振り向くと、彼女はそこにいた。



   ◇ ◇ ◇


「うわぁぁぁあ⁉︎」


 気が付くと、僕は通っている高校にいた。


「え、あ、今のが夢だったのか……」


 夕暮れの教室。

 もうここには誰もいない。机に伏せ寝ていたから、少しばかり腰と首が痛い。


「いてて……寝違えちゃったかな……」


 授業が終わっても寝続けていたのか。誰か声をかけてくれてもいいのに。

 時刻は4時44分。今度はしっかりと時計の針が読める。

 けれども、今は夏真っ盛りの時期。この時間でこんなにも傾いた眩しき西日は入ってくるだろうか。


 ガタッ


 ドアの方で物音がした。

 音に驚き、見るが何の影もない。


「……嫌な予感がする」


 周りを見渡すが、誰も何もいない。

 そういえばさっきから、放課後には聞こえてもおかしくない運動部の練習や、吹奏楽の演奏の練習などが一つも聞こえない。

 音がない。


「返せよ、俺の──」


 無音を切り裂くように入ってきた男の声。

 声がした教室の前方を見ると、男が立っていた。天井に。


「うわっ⁉︎」


 思わず声が出てしまった。

 男が逆さまに立っていることにも驚いたが、彼の顔は蒼白しており、まるで死人の顔をしていたからだ。

 男は僕をじっと見つめている。


 けど、僕は彼のことを知っているような気がする。それに、さっきまで夢に見ていた彼女もどこかで会ったことがある気がする。

 何か、思い出せそうな……。


「無視、するなよ。早く返せよ」

「君も何か返して欲しいんだよね……?」

「返せ、返せよ……返せよ──を‼︎」


 男は天井に足の裏張り付いたまま、こちらに向けて走って来る。

 何かを返さないといけないんだ。僕は何を取ったんだろ、思い出せない……!


「必ず返す! 返すからもう少し待ってくれ!」

「……言ったな」


 そして、彼は僕の目の前で身体が崩れ落ちていくのだった。


   ◇ ◇ ◇


「っ⁉︎ やっぱり夢か……。ここは……」


 目を覚ました時には、僕は住宅街のとある一角に立っていた。

 太陽が昇り始める寸前で、街はほのかに薄暗い。

 そして、霧が立ち込めていた。

 霧の中に人影がある。霧の中から現れたのは、一人の男子生徒だった。


「俺のも返してくれよ」


 やはりこの人も同じことを要求してきた。

 顔の細部は霧で見えないが、目が紅く、髪も金色に光っている。

 異形の怪物のようなその姿は、僕の恐怖を受けてか段々と大きくなっていく。


 怖い……けれど、僕はもう思い出したんだ。

 連続した悪夢から醒めるために、やらなきゃいけないことを。


「明日の放課後、みんなに返すよ。だから僕は今、現に戻るよ──」



   ◇ ◇ ◇



「俺たちのことを呼び出して、どうしたんだー?」


 金髪の男はそう言った。

 僕は自分の悪夢で約束したことを果たすために、クラスメイト三人を呼んだ。

 この三人には共通点があった。



「……ごめん‼︎」

「ど、どうした、藪からスティックに……。俺たちお前に何かされたか?」


 ちょっと長めの黒髪の男は僕の突然の謝罪に驚く。

 夢の中に出てきた三人は、当然僕の夢に出たことなんて覚えてもないし、そもそも出たとは思っていない。

 そして僕だけが勝手に悩んでいたものを、今ここで解決させるんだ。


「これ……! みんなに返すよ!」

「これは、ペン? もしかして私の?」

「あ、俺の漫画! 2巻だけねぇなーと思ったらお前に貸してたのかー、そういやそうだったなー」

「あ、俺のゲーム。すっかり忘れてたな、貸してたのを」


 そう、僕がみんなに返さないといけなかったもの、それはクラスのマドンナである女子生徒からは授業で借りたペン。金髪の男子生徒からは前回借りてた漫画の続きの巻。黒髪の男からは中古のゲーム。

 これらを僕はずっと借りパクしていたんだ。


「本当にごめん! そして貸してくれてありがとう!」


 誠心誠意、反省の意を見せるために直角で頭を下げる。


「いや、別にいいよ……! ペン返してくれたわけだし」

「「うん」」


 そして、これ以上特に用はないので三人はそれぞれ自分のするべきことへと散った。

 僕の目的も果たされた。


 僕は、罪悪感から悪夢を見てしまうのだ。罪を思い出し、それを現実で償うことを約束しないと、目覚めることは出来ない。


「もう毎日償いし過ぎて、そろそろ分かんなくなってきたよ……」


 ちょっと暴言を吐いてしまっただとか、急いでて信号無視してしまったとか。

 僕は──僕たち人間は小さな罪を重ねてしまっている。

 だからこそ、正直に罪を告白することは案外気持ちがいいものだ。


 でも、今夜もきっと、中々目覚めることのない懺悔の悪夢を見ることになるだろうけどね。

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罪の告白 杜侍音 @nekousagi

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