最後の3分間

午後野 有明

最後の3分間

「これ食べたら行くわ」


彼は、半分独り言のようにそう呟くと、手元のカップラーメンにお湯を注いだ。

線よりも少しだけ下のところでお湯を入れるのをやめる。

それがいつもの彼の食べ方だった。

なんとなく、今日はいつもよりゆっくりと丁寧にお湯を注いでいるように感じたのは、私の思い過ごしなのだろうか。


「私も食べようかな」


そう言いながら私もカップラーメンを手に取る。彼と同じものだ。

普通、同棲してる男女の食事といえばどちらかの手料理が一般的なのだろうが、どちらもあまり料理が好きな方ではない私たちにとって、その光景は見慣れたものであった。


電気ケトルからカップラーメンにお湯を注ぎ、手元の携帯にチラリと視線を送る。今が11時36分だから39分くらいになったら開けるか……。

そういえば、私たちはカップラーメンを食べるとき、どちらもタイマーを使わない。特に理由はないのだが、まぁ、わざわざセットするのが面倒だからだと思う。

そのせいで度々ラーメンが伸びることもあったが、それもそのうち、懐かしい思い出となるのだろう。


2つのカップラーメンを乗せたこたつを挟み、私たちは向かい合うようにもぞもぞと座った。

そろそろ春も訪れるころだというのに、出しっ放しにされたこたつ布団は、伸びきったラーメンのように生ぬるく私たちを包み込んだ。


そして、私たちにとって最後の3分間が始まった。



「この味、好きだったよね」


なんとなく、私の方から話し始めた。


「うん、好き」


彼は、カップラーメンと目を合わせたまま答えた。


「私も」


私は、彼に視線を合わせたままそう呟く。

特に深い意味はない。


「最近仕事はどう?もう慣れた?」


月並みな質問で話題を変えてみる。


「まぁそろそろ1年だしね。慣れたよ。たまにめんどくさい人はいるけど」


「そっか。もうそろそろ先輩になるんだもんね」


「実感ないけどねぇ」


3分間は、真面目な話をするには短すぎるし、沈黙で過ごすには長すぎる。


私たちは、他愛もない会話をしながらただ時が過ぎるのを待っていた。


彼と初めて出会ったのは、私が大学2年生の春。入学してきたばかりの彼に、私がサークル勧誘のチラシを渡したのがきっかけだった。

最初はただのサークルの後輩だったが、気も合い趣味も合い、いつの間にか複数人から2人で会うようになり、外で会うよりうちで会うようになり、気付けば彼氏になっていた。

年下の男性と付き合うのは初めてだったが、一個下ということもあり、特に年齢に関しては意識したことはなかった。

だが、卒業や就職のタイミングが同じという点においては、よその同い年のカップルが少し羨ましく感じることもあったのは確かだ。


この3年間、私は年上の彼女として、うまくやれていただろうか。

ふと、そんな思いが私の脳裏をよぎる。

そんなことを今更気にしてもどうしようもないのだけど。



「……あ、そろそろかな」


彼が手元の携帯をチラリと見てからカップラーメンに手をかけた。



「あーあ、この味が食べれるのもこれで最後かぁ」


「またいつか再販とかしてほしいねー」



私たちにとって、最後の3分間が終わった。

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最後の3分間 午後野 有明 @xxxsgm

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