人生最後の3分間

風見☆渚

死刑執行当日

2053年。

AIの飛躍的な進歩によって、現代医学を含む様々な技術が驚くほど革新的な進歩を遂げた。その中の一つとして、脊髄と脳幹の間に極めて微量の空白部分があることが発見されると、そのブラックボックスとも言えるホワイトスペースに生後1年以内の全国民の体へ超マイクロサイズのGPSが埋め込まれるコトが義務づけられるようになった。

この法律を創り出したのもAI議員達であり、今や世界中の三権は全てAIによって管理されている。生活の全てをカメラと様々なAIによって監視され、さらに体内に埋め込まれたGPSによって位置情報はAI達に筒抜けとなった現代で、犯罪件数は極端に減少した。

この状況で犯罪を犯す人間は、相当頭がやられているか、衝動的な行為で偶然引き起こしてしまうかくらいなモノである。しかし、こんな世の中でも殺人事件は起こってしまう。そんな一人の殺人犯に死刑判決がくだされ、今日その死刑が執行される。


「197番、出ろ。」


AIを搭載した人型の看守が開く鉄格子の重い扉は、高い悲鳴をあげながらゆっくりと開かれた。中から、立つのもやっとといった感じの痩せこけた一人の男が、重たい体を引きずるようにゆっくりと出てきた。

この男は、自分の母親を殺害し、罪の意識からその場を逃亡。さらに逃亡先で不法侵入の罪を犯しただけでなく、その家の人間にケガもさせている。度重なる罪の累積によって死刑という極刑の判決を受けてしまったのだった。


「197番。今日で貴様の人生は終わる。何か希望があったら一つだけ叶えてやろう。ただし、死刑執行までそんなに時間がないから早くしろ。」


197番と呼ばれるようになって3年くらいが立つだろうか。死刑執行の判決後、ただただその日を待つだけの人生に考えるコトを辞めてしまった俺は、自分の名前すら忘れてしまった。俺を番号で呼ぶこいつは、人型のAIであって別に俺に気を遣っているわけじゃない。この最後の自由という行為が決まりだから言っているだけなのだろう。

だが、俺は確かに許されないことをした。自分の母親を衝動的に傷付け、偶然とはいえ殺してしまったのだから。血縁関係の殺人は他の殺人事件に比べて重い判決が出る。俺は自分がしてしまったコトが恐ろしくなり、その場から逃げ出した。俺にいつも優しくしてくれた母さんなのに、俺は反発ばかりで母さんを傷付けるようなコトばかりしてきた。その結果がコレか・・・

逃げた出した俺は見知らぬ人を傷付ける最悪なことまでしてしまった。冷静な判断が出来るようになったのは、母さんを殺してしまってから3日後の登山道の脇にある雑木林で夜を明かした朝だった。眩しいくらいの朝陽が目に入り、自分に何をやっているんだと問答した時だった。

AIに生きる全ての権利を管理されている世の中で、殺人事件で未解決になるコトはまずありえない。そして、事件発生件数に対し犯人検挙率が100%の世の中で、そもそも逃げ切ることは不可能だった。

そんな時代に殺人を犯してしまった俺は、なんて小さい人間なんだ。中学の終わりから引きこもり、俺を心配した母さんが持ってきたAIによる精神矯正プログラムも断り続けてきた。そんな生活が15年も続いたが、俺は自分が30歳になる意識が全くなかった。

30歳の誕生日。母さんがもう一度と言ってAIによる精神矯正プログラムを持ってきたその日に、事件が起こってしまった。

この独房に入れられてからの3年は、ろくな飯も出てこなかった。家にいたときは3食母さんが作ってくれたから気にしてなかったけど、今更になってまともなご飯が食える喜びを噛み締める日々が続いた。

こんな時に最後の願いと言われても、死を待つだけの人生にだった俺は何も思い浮かばない。唯一の心残りだった母さんにもう一度会いたいと願うことだが、その願いはもうすぐ叶うのかもしれない。だが少しだけ思う。せめて、死ぬ直前くらいはなにか上手いもんでも食いたいな・・・・


「なぁ、最後の願いって何でも良いのか?」


「可能な限りだ。この場で出来る事は限られている。」


「じゃぁ、何か食べたい。独房飯じゃない何かが食べたいんだが、なんかないか?」


「少し待ってろ。今確認する。」


AIの看守は耳元に手を当て、他のAIと連絡を取り始めた。


「カップラーメンなら用意できるらしいが、食うか?」


「そうか俺の最後の晩餐はカップラーメンか。独房飯よりはマシなモンだろうから、ありがたく頂くよ。」


「今、仲間がお湯と一緒に持ってくるから待っていろ。」


数分後、俺の前にカップラーメンが届けられた。


「じゃぁ、あと3分待ってくれるか?俺の人生の最後の3分間だ。」


「3分間で良いのか?わかった、では今から3分間数える。ただし時間になったら連れて行くが良いな?」


「わかった。3分だけ待ってくれ。」


看守の反応に疑問も持たず、俺は目の前に差し出されたカップラーメンにお湯を注ぎ、じっと人生最後の3分間を待った。俺の側で微動だにせず時間を計っている看守には目もくれず、俺は目の前に置かれた小さな砂時計をただただ眺めていた。

1分経過が経過する頃、あったかいスープの匂いが漂いはじめ俺の胃袋を刺激しだした。2分が経過する頃、いつもの俺なら固めの麺が好きだと言って食べ始めるのだが、人生最後の3分間を堪能しようと思い、今日はじっと砂時計の砂が落ちる瞬間を何も考えずじっと待ち続けていた。3分でこんなに長かったのか感じながら2分半くらいだろうか、あと少しで砂が落ちきる頃だなというタイミングで、何故かさっきまで眉一つ動かさず不気味なくらい動かなかった看守が突然俺の腕を掴み歩き出した。


「いや待ってくれよ。まだラーメン食べてないじゃないか!最後の3分間くらい待ってくれるって言ったじゃないか!」


「そうだ。だから我々は3分間を待った。おまえは言った、3分で良いと。私は確認もしたが、確かにおまえは3分で良いと言った。計算上はカップラーメンを食するのに約5分。そのカップラーメンを準備するのに前後1分。最低でも10分は確保してくるだろうと考え、念のため確認したが、おまえは最後の3分間で良いと言った。だからおまえは食べる気がないのだと判断した。そして約束の3分が経過したことで死刑執行の時間となったのだ。」


そうか俺は最後の最後まで・・・


こうして俺の人生で自由に出来る最後の3分間が終わった。

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