【KAC6】人は追いつめられると見えないものが見えてくる。

いとり

時は、消しゴムで消える。

 ああ。終わる。これでやっと。

 思い返せば一瞬だが、経験と時間の数で考えれば眩暈がする程長かった。

 思い出すだけでも吐き気がする。何なら今からでも吐いて見せようか。

 もう一度経験しろ。と言われれば、私は誰かを殺してでも断るだろう。

 しかし、それもあと三分で終わる。

 それを本来見えてはいけない者が私に告げている。見えてしまっている。


 私の手は感覚を捨てる。

 脚に関して切断され、はなから存在していない。

 どうやってここまで来れたのだろう。

 そういえば今日の朝ご飯食べたっけ。

 あれ、昼も食べてないかも。

 まあ、別にどうでもいいか。

 すべてこれで終わってしまうのだから。

 

 私は今まさにすべてが終わったと確信したとき、視界は一つの〇を見つめ続けていた。すべてを終えたと思っていたそれは、本来存在してはいけない〇であった。


 何度も。何度も。見返した。

 間違いがない。見つからない。

 残り三分。

 力、体力、能力、知力、洞察力、応力、精神力、消しゴム。

 何も無い。

 私には無い。

 何も無い私に、どうしろというのか。


『神様は乗り越えられる試練しか与えない』

 あの。乗り越えられないんですけど。

 もう。終わっているんですけれども。

 〇が。目の前に。

 ●じゃなくて。〇が目の前に。

 

 もしかして、私だけみんなと違うのかな。

 だけど、何度も何度も見直しても、間違いなんてそこには無かったよ。

 私もみんなと同じ。

 どうしてかな。

 なんで、みんなは合っていて、私は合わないのかな。

 そうか。私の今までの行ないが悪かったんだ。

 みんなは良い子で。私は悪い子。

 だからみんなには●が付いて、私には〇が残る。

 

 ああ。視界も霞んできたよ。

 そろそろ終わるのか。

 あっという間だったな。

 長く、辛く、苦しかったあの日々も。

 たったこの一瞬と思える時間で終わる。

 呆気なく。

 終わってしまう。

 短い。人生でした。


 私が、最後に目に焼き付けるのはこの〇だろう。

 何があろうともこれだけは決して忘れないと思う。

 ああ。決してだ。


 遠のく意識の中、私は〇に思いを馳せる。 

 残り119秒。

 時の許す限り。


 一番多く、そして何度も思った言葉は

 『どうしてこうなった』

 10秒に一回は思ったであろう。

 人生の中でこれ程この言葉を想った事は無い。

 この時の状況を体現するならばこれ以上の言葉は無いだろう。


 どうやら時が来たようだ。

 周りから”カラカラ”と、死を告げる助長音が次第に増していく。

 もう抗うことも、それを思考する回路も既に停止していた。

 手に力が入らず、私も死の音色を共に奏でる。

 

 目の前に現れる見てはいけない者たちが騒ぎ出す。

 獲物を狩るぎょろぎょろとした目が私を捉えてる。

 その時が来るのを待っている。

 ああ。殺したい。

 この問を造った奴を殺したい。

 この状況を作った奴を殺したい。

 誰だ。誰だ。誰だ。

 ああ。私か。



「—―はい。そこまで。終了です」





   1 2 3  4  5  6  7  8  9 0

344 ● 〇 〇 ● 〇 〇 〇 〇 〇 〇


   1 2 3 4  5  6  7  8  9 0

345 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇


あ……どうせなら、何でもいいから塗りつぶしておけば良かった。

いや、どのみち鉛筆の芯が折れてるから無理か。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC6】人は追いつめられると見えないものが見えてくる。 いとり @tobenaitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ