ひとりぼっちの箱舟

八ツ波ウミエラ

約束

 付き合っている彼女の余命は半年。学校の先生の余命も半年。隣の部屋に住んでる吉田さんの余命も半年。今朝行ったコンビニの従業員さんも、横断歩道ですれ違ったサラリーマンも。


 ぼく以外、全ての人間の余命が半年。



 今日、神様から全ての人間に対して連絡があった。それは、電話でもメールでもなく、手紙だった。


 神様の言葉遣いは難しかった。吉田さんがぼくと彼女にしてくれた説明のほうが分かりやすい。


「神様の寿命だってさ。そんで、次の神様を発生させるためのエネルギーとして俺達の命を使うんだとよ。次の神様が生まれるのは半年後。つまり、俺達は半年後に死ぬ。でも全員の命を奪うのは可哀想なので、たったひとり、日本に住む大学一年生の佐藤林太郎くんだけ助けました。おしまい。……林太郎、お前の手紙には何て書いてあったんだ?」


 ぼくは無言で手紙をふたりに見せる。そこには、たった一言だけが書いてある。おめでとう、と。


「おめでとうって言葉、嫌いになっちゃったよ」


 手紙が届いてから二ヶ月が経った。


 世界中の人達が話し合って、人間がいなくなったあとにぼくがすべきことが決まった。


 動物の世話をすること。柴犬とか、コーギーとか。リストによると、犬が多かった。そのための施設を、ぼくの住んでるアパートのそばに建てるらしい。


 手紙が届いてから五ヶ月が経った。


「箱舟だね」


 完成した施設を見て、彼女が言った。


 これは出来損ないの箱舟だ。これに乗る人間は、つがいではなくひとりなんだから。



 最後の日になった。0時0分がタイムリミット。


「いいか林太郎、柴犬はな、散歩の時に葉っぱとか食べようとするから、気を付けるんだぞ。じゃあな」

「吉田さん、アドバイスをありがとう。さようなら」


 実家に向かった吉田さんに別れを告げる。家族とパーティーを開くんだそうだ。


 彼女とぼくは箱舟で最後の日を過ごすことにした。


「最後にオレンジジュースが飲みたいな。すぐ戻るから、待っててね」


 そう言って彼女はキッチンに向かった。それだけでなんだか無性にさみしい。でもキッチンは隣の部屋だ。すぐに戻るだろう。


「ねえ、かくれんぼしよう」


 キッチンから、彼女の声がした。そして走り去る音も。


 時刻は23時57分。


 これから永遠にひとりきりなのに、君は最後の3分間まで、ひとりでいろっていうのか!


 ぼくは広大な施設を走り回り、必死になって彼女を探す。ダックスフンドの部屋に彼女はいない。プードルの部屋に彼女はいない。どうしよう、どうしよう。吉田さんがいてくれたらいいのに!


 吉田さんは、ぼくが彼女とケンカした時も、ぼくが迷い猫を拾った時も助けてくれた。そういえば、どうして吉田さんは最後の最後に柴犬の話をしたんだろう?


 ひょっとして、そう思ったぼくは柴犬の部屋に向かった。


「あれ、案外早かったね。吉田さんがヒントをあげちゃったのかな?」


 彼女は柴犬達とボール遊びをしていた。


「ふふ、必死になって探したんでしょう」

「当たり前だろ……」


 息が上手く出来ない。きっとひどい顔をしている。最後くらいかっこよくいたかった。


「それと同じくらい必死になって、これからの林太郎の生きがいを探してね。皆が死んじゃうからって、林太郎も死んじゃ駄目だよ」

「……お見通しかぁ」


 なんとなく、明日になったら死のうと思っていた。


「約束だよ、林太郎」


 0時0分になった。彼女は最後までかっこよかった。


 動かなくなった彼女を、柴犬達が心配そうに見つめる。一匹だけ、ぼくのことを見つめる柴犬がいた。白くてコロコロした柴犬だ。ぼくは屈んで、その子に話しかける。


「ぼく、ひとりぼっちになったんだ。よかったら友達になってくれる?」


 白い柴犬は近付いてきて、ぼくの頬をなめた。きっとしょっぱかっただろう。

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