佐多さん09 【終】
仁科君と鈴木君はあんまり一緒に過ごさなくなった。会ったら挨拶くらいはしているみたいだけど、友達という感じではなさそう。逆に、私と仁科君は前よりもずっと仲良くなった気がする。ふたりともクラスに友達がいなくて浮いていたから、ちょうどよかった。
仁科君からウェブ漫画の面白いのを教えてもらったり、スマホゲームを教えてもらったりした。友達がいなさ過ぎて、ほとんどアプリが入っていなかった私のスマホに、仁科君に教わったアプリが増えていく。多分中学生の女の子なら、もっと写真を盛ったり友達と盛り上がれるようなアプリを入れてるものなんだろうけど、私のスマホは漫画、ゲーム、音楽のアプリで占拠されつつあった。更に漫画を読み漁っていたら、BL漫画を発見してしまい、気になっていくつか読んだ。二次創作とか、SNSに上がったイラストとか、見ているうちに「完全に鈴木君と仁科君のことだこれ……」というのを発見して、その感情を萌えと呼ぶことを知った。そうか、この、見守りたい気持ちが、萌え……。萌えなんだ。
ママは漫画もゲームも頭に悪いと信じている。だからといって、私のスマホを管理することまでは気がまわらないみたいだった。ママも実は友達がいないから、スマホのことをただの携帯電話の延長だと思っているらしかった。ママのスマホは大容量でカメラも高機能だけど、全然使いこなせていない。携帯会社の人に勧められるままに買って、意味が分からないまま使っている。「携帯電話代高いし、習い事いくつか諦めるね」と粘り強く交渉して、やっと私はいくつか習い事を辞めることができた。最近気がついたけど、ママは厳しいのではなくて、今あるものを整理することが苦手なのだ。人間関係とか、無駄な習慣を手放せなくて、しがみついてしまう癖があるみたい。
私はふと、鈴木君のママと私のママが友達になったら、いろんな問題が一気に解決するんじゃないかなって思った。それを鈴木君に話したら、「蟲毒になるだけだろ」って一蹴されてしまった。とてもいい案だと思ったのに。
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クラスの子たちは仁科君と私が付き合っていると思っているみたいだった。鈴木君と仁科君の仲がぎこちなくなったのも、私と三角関係になったからだという説がまことしやかにささやかれていた。ほんとは全然逆なのに。
仁科君は見ているととても可愛い。私なんかよりも、ずっと可愛いと思う。鈴木君は人を見る目がある。クラスの子は、仁科君の魅力の千分の一にも触れてない。もっとこの可愛さを布教したら、仁科君は人気者になるのではないか、とここ最近の私はそればかり考えている。
そのことを鈴木君に話したら(わたしたちはときどき放課後に寄り道してラーメンやニンニク入りのチャーハンを食べたりする)、仁科の魅力は万人受けしないところにあるからそれでいい、と言われてしまった。あんまり大勢に気付かれるとめんどうだから止めろ、とも言われた。なんだ、やっぱりまだ好きなんじゃん、仁科君のこと。と思ったけど、怒られるのが嫌で言わなかった。しばらくふたりで、仁科君の良さについて語り合った。
暇を持て余した私は、鈴木君に海外の面白YouTubeを勧める。鈴木君は容赦なくその動画の詰まらなさを指摘する。悔しいので私は何とか鈴木君の好みの動画を探そうと奮闘した。最終的に猫の動画を勧めたら、やたらおとなしかったので、たぶん猫が好きなんだろうな、と思った。
仁科君は猫より犬っぽいと思っていたんだけど、どうなんだろう。鈴木君的には猫だったんだろうか。だから好きだったのかな、とか思ったけど、それも口に出すと絶対怒られるから、私は黙る。
しばらくして、鈴木君の猫を描いた絵が、市長賞か何かを受賞した。鎌田先生が鈴木君に絵を教えているとかいう話だった。CPとしてそれもそれでありかな……。鈴木君は仁科君とは話さないけど、クラスの友達は前よりも増えたみたいだ。見た目が怖い人って、得をしてるよな、と私は思う。すこし優しいところを見せただけで、「すごく優しい人だ」と思われる。いいな、私もそういう風に思われる人に生まれたかった。ギャップを発揮したかった。私は基本的に、「期待外れ」と思われる宿命にある気がする。鈴木君と違って普通そうに見えるぶん、周りの人からの期待値が高い。鈴木君はずるい。
市役所のエントランスに飾られていた鈴木君の絵を、週末、ママと二人で見に行った。ふわふわの白い猫が描かれた絵だった。描かれているのは確かに猫だったけど、私はその絵を見た瞬間、「あ。仁科君だ」と思ったのだった。黒くてつぶらな大きな目とか、柔らかい毛の質感とか、肩を少し斜めにして、小首をかしげる姿勢とか。その絵があんまりまっすぐ私に語り掛けてくるので、なぜだか見ているだけで、涙が出てきた。鈴木君の口から出てくる言葉が、この絵くらい素直だったら良かったのになぁと、心から思った。
私と一緒だったお母さんは、突然泣き出した娘を見ておろおろしていたけど、最終的に「感性が豊かなのね」と褒めてくれた。感性? BLに対する感性なら日々磨かれつつある気がするけど……。はぁ、報われないS彼氏の献身、尊い。
それからしばらくして、私が鈴木君と浮気してる、という噂が流れ始めて、クラスの空気が一気に不穏になった。三年に進級する直前だった。そもそも私と仁科君は付き合ってすらいないんだけど、しかたない。私はみんなから避けられるようになって、仁科君は少しずつクラスに受け入れられていった。
そのことを聞いた鈴木君は「良かったじゃん。意外とクラスのやつら見る目あるよな。佐多より絶対仁科の肩持つだろ、普通」とか言ってて平常運転だった。そこまで好きなら付き合えばいいのに。まじめんどくせぇ。仕方ないから私は、仁科君とではなくて、鈴木君と美術室に入り浸るようになり、三年で部活引退まであと数週間しかないというのに、美術部に入ったりした。
絵は下手だけど、でも描くのは楽しい。先生が褒めてくれるから、もっと楽しい。私は脳裏に浮かんだ男の子たちの架空の肖像をキャンバスに描きとめ、作品は鈴木君には全く不評だったけど、でも自分の中ではとても満足できる出来で、中学校生活の総括として、とてもふさわしいものが描けたと思った。絵の中ですら交わらない視線が、とてもふたりっぽくて、気に入ってる。鎌田先生は、何も言わなくても色々察しているのか、私の絵を見て笑っていた。愉快そうに、心地よさそうに。
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「どうですか、高校」
「普通に楽しいです。友達もできました。三人だけだけど」
「それはよかった」
鎌田先生は相変わらず美術の先生で、私はこの春から公立高校の生徒だった。鈴木君は私立のうんと賢い高校に進学したみたいで、意外だった。これはハイスぺ俺様に成長した鈴木君が人生にあぶれた子猫系仁科君を拾いに来る展開が一万分の一くらいの確率であり得るのでは……? ふたりの将来への期待が高まる。
一瞬、ふと気が弛んで、「私先生のことが好きでした」って言いそうになったけど、大人になった鈴木君と仁科君の妄想をすることでなんとか耐えた。仁科君は国際交流をうたった高校に進学したみたいで、意外だった。あんまり英語とか海外とか、好きじゃないと思ってたから。でも確かに、仁科君が教えてくれたアーティストは、海外の人が多かった。あこがれがあるのかもしれない。クラスのみんなに誤解されてからは、仁科君も気を遣っているのか、私にあまり話しかけてくれなくなった。ときどきトークアプリでやりとりしたけど、それだけ。高校受かったら遊びに行こう。というのが最後のやり取りだった。
鈴木君とは、ときどき会って、遊んだりしている。私は強引に、鳩供養に石を積ませたり、お線香をあげさせたりした。はじめはすごく馬鹿にしていた鈴木君も、鳩に自己投影していた話とかを語りだして、私はひたすら、黙って聞いていた。なんて返事していいかわからなかったから。鈴木君は私の返事が聞きたいわけではなくて、ただ話したいみたいだったから、問題はなかった。
話を聞けばきくほど、鈴木君のこと全然わからなくて、でも以前みたいな、不気味さとか怖さとかはどんどん薄れて、なんだかすごく……率直に、可哀そうだと思った。こんなこと聞いたら鈴木君は怒るだろうけど、でも、そう思った。私が鈴木君だったら、なんていうか、とても寂しいと思う。苦しくて、切ない。
美術室に飾っている、中学生の絵を眺めていると、いろんなことが思い出されて、でもそのどれもが、遠い昔のことのようだった。卒業してから三か月も経っていないのに。私はつぶやく。
「私ね、絵を描くことを教えてもらって、すごくよかったって、思ってるんです」
「それはなぜ?」
「言葉にできないことを、形にすることができるから」
先生は、私の声を聴いて、ただ笑っていた。先生の笑顔を見ていると、私もなんだか安心してしまって、これでいいのだ、という気持ちになる。もうすこしだけ、生きていたい。せめて大人になった鈴木君が仁科君を迎えにくるのを、この目で見届けるまでは。そういえば、ここのところ私はあの声を聴いていない。口から本心が零れ落ちるたび、頭の中の声が小さくなって、消えていった。
私はでも、再びあの声を聴いても、なんだか自分が平気でいられるような気がするのだ。それは多くの人の声のいちぶだから。わたしがすごしてきた時間の積み重ねの中の、ほんの一部であるから。
〈了〉
血と肉と骨 阿瀬みち @azemichi
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