第三十一話 刀
三日、という時間は思ったよりも長い。正しくは、残すところは後二日なのだが。
昨日
「まあ、剣を振っていればいつの間にか迎えているだろう」
と答えを出して、真っ直ぐ前を見て剣を振るう。視界の
数日よりも、青が濃くなっている。吹く風にもどこか冷たさが宿りはじめ、いよいよ秋めいてきた。普段より、残暑は早く抜けそうである。
日の傾きを見るに、そろそろ
さて今日はなにをするかと思案すれば、ふと足音が聞こえてきた。
とはいえそれは、刑部のモノではない。
「伊東殿、失礼します」
「
刑部の
小柄で顔は愛嬌はあるが、戦働きを得意としているのだろう。整った服で最初は分からなかったものの、しっかりと鍛えている者の体付きをしている。
肩幅は広く地面を踏みしめる音も強い。剣を習いたいといいつつも文官であり、足音が軽い刑部と比べれば、すぐに分かるものである。
「主から
そういう五助の眉は寄っており、目尻に皺が寄っている。息を吸えば歯の間を通り抜け、スイと高い音が鳴った。
「実は今日の夕刻、
「む……そうだったか」
「大変申し訳ない! 私もこの後すぐに戻らねばならず……」
「いや、構わない。刑部殿も勤めがある身だ。無茶をせぬよう伝えておいてくれ」
「承知しました。では、私はこれにて!」
言葉を預ければ五助は大きく頷いて、あの大きな足音を立てて駆け戻っていく。
だがしかし、となると暇が増える。時間を費やす宛てが一つ無くなって、一刀斎はふむと顎を撫でた。
月白の元へ行こうかと思うが、そう何度も顔を出すのは気が引ける。
なんでも古くからある
とすれば、一刀斎が行えることなど一つしか無く――――。
「やはり、相当な賑わいだな」
一刀斎が訪れたのは、堺の港である。
復興した京の街、東国随一の都市である小田原、
それぞれ住む人々や行き交う人々、程度の差はあれ、みなひとつに纏まっており、いくら多くの人間が集まろうとも、街の雰囲気は整っていた。
しかしながらこの堺は、
人よりも背の高い一刀斎の目には、地面が一切映らない。見渡す限りに人がいる。お陰で、この港に集う人々の動きがよく見えた。
彼等に纏まりはなく、それぞれ思い思いに、もとい、好き勝手に己が求めるままに行動している。人ひとりが持つ彩りは照り輝いており、彼等が織り成す民草という綾模様は、いままでかつて見たことのない
軽い気持ちで見物に来たがしかし、これほどまでに人と色と声とが溢れていると、一刀斎も目が回る。
海は目に見えるほど近くにあるのに、人々の喧騒に波の音は掻き消され、潮の匂いも人々の汗と匂いで薄く感じる。
少し戻るか……と振り向いたが。
「…………無理だな」
気付けば人波に流されて、元来た道が分からない。ならば行くとこまで行くしかあるまいと、一刀斎は考えなしに、目の前にわずかに開いた隙間を縫って港を行く。
一刀斎の形姿は、他と比べればよく目立つ方であるが、すれ違う人々は皆、一刀斎をまるで気にしていない様子。
まあ、
人混みに流されるまま、あれよあれよと海の方へと体が流れる。
港には日の本中、更には大陸からさえも来ただろう様々な船が所狭しと並んでおり、どうやって出航するのか分からぬほどである。
海の彼方にも船がいくつか浮かんでおり、港が空くのを待っているのだろう。
船の下では多くの品が並べられており、ただ見物しに来ただけの者や、買い付けに来た奉公人でごった返していた。そして恐らく、見物人が大半である。
商売目的出来た者らにとっては、見物人達は仕事の邪魔であろう。商売人たちも哀れである。まあ一刀斎もその迷惑な見物人の一人なのだが。
あちらこちら見ている中で、一刀斎の目に入るのはやはり刀である。
世の中では、刀剣は恩賞として、あるいは
ところが一刀斎にとって刀はあくまで使うものであって、愛でるものではない。だが、それを美しいと感じる心はある。
今も腰に差している愛刀
あれより
いくら頑健とは言え少なからず
しかし人によっては、これを「美点」と数えるものもいるのだろう。
この大坂に来るまでの旅の最中、供することになった
ならば旅の最中使い続けたこの甕割は、一刀斎にとっては誉れに溢れた剣である。
一刀斎に刀を愛でる趣味も、刀を審美する知識もないがしかし、己の愛刀は、自分にとって最も綺麗な剣である。
故に刀を目に止めても、改めて欲しいわけではない。だが――――。
(刀か……)
腰の甕割に手を乗せる。思い返すのは、越前で甕割と共に正宗の太刀を振るったこと。やはり名刀と名高いだけあって手に馴染み振るいやすかった。
甕割に二心を抱くつもりはなく、まだ甕割も使用に耐えるだろう。しかし他の刀を手にし振るったことで、「違う刀を使う」という可能性が頭の中に生えた。
使う刀にばかりこだわり他のものは使えない、というのは剣士としても未熟だろう。一刀斎とて甕割以外を主として振るったこともある。
「他の太刀」。 それを意識しているのか、一刀歳の目は、気付けば刀を探してしまう。
そんな中、荷下ろし途中の集団が目に付いた。男達が下ろしている場所には、他の船よりも刀が多く集まっている。
恐らく作刀の地か、そこと懇意にしているのか。
しかし中には、実用のためであろう素朴な鞘のものがある。
意識せず、心のままにそちらの方に引き寄せられた。
広げられた布の上に、多く置かれた刀たち。恐らくまだ数をしかと
「な、おい、あんた!」
腰をかがめて見ていると、頭上から……というより前方か。誰かしらから声を掛けられる。
分捕るつもりなのだろうと誤解されたかと、一刀斎が顔を上げれば。
「おい、あんた一刀斎じゃないか!? 俺だよ、俺! 覚えてるか!?」
そこに居たのは、やたら目鼻立ちが整った男である。顔は小さく、一瞬女かと見違えた。
だが眉はキリと流れており、美麗ながらも
あの頃と違い女物の羽織を纏わず、男らしく強かな顔付きになったその男は。
「…………もしや、千治か? 尾張でかつて出会った」
「ああ、そうだよ! 懐かしいじゃあねえか!」
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