第二十話 ろくでなし
「……久方振りだな、この手の
京の
月白に「今日は仕事がない」と
「見つけたぞ、
「かつての恨み、ここで晴らさせてもらう!」
「覚悟しろ!」
武芸者が三人、
自分を狙って武芸者が出てくるのは久しぶりであるが、ここで遭遇した理由はなんとなく察しが付く。
この京は、かつて武芸者達が好き放題に
だから前の者たちも、
ここは下京も下京、加えて東の
「……すまんが、俺はお前等が誰か覚えていない」
「ぐっ……!」
新しくなった京の街に、再び血を流すのは忍びない。
一刀斎は仕方なく、川上から流れてきただろう太めの棒きれ一本と、大きめの石ころをいくつか拾う。
「貴様、我らにあれほどの蛮行を働きながら……!!」
「お前等のおれに対する
一尺ばかりの木の棒の先を、武芸者達の方に向ける。
武芸者達は、
「貴様、ふざけているのか!」
「おれは木の棒で鍛練し続けてきたんでな。ただ振るのなら、
「……ふざけているな!」
別に、そういうつもりはないのだが。
一時期は、木刀で仕事をしていたこともあるし、
武器がなんであるかなど、戦いの場には関係ないだろう。
「このっ……、うぶっ!」
前のめりに駆けてくる武芸者の顔面に、拾った小石を投げつける。
出鼻を
「
短く鋭く吐き出した
驚き顔の喉元目掛けて横一文字。細かく分かれた
「こぉっ……!」
その眼が白黒している間に、一刀斎はその股ぐらに腕を突き込み持ち上げて、川の中へと放り投げた。
「エェエエイア!」
「ハァアアアイ!」
残る二人が、縦に並んで迫り来る。
一刀斎は再び石を投げつけるが、二番目の男は二の舞を演じてたまるものかとでも言いたげに、片手で小石を打ち払った。
その振り抜かれた手首目掛け、一刀斎は棒を叩き付ける。
「ぐっ……!」
「
顰めっ面に石を握ったままの拳を叩き付け、男の手から刀を分捕り、先に川へと放った男に向かって投げつけた。
そして。
「
振り下ろされる剣に合わせて、奪い取った刀を振り落とす。
「っ……!」
声にならない悲鳴が出た頃には、既に刀は寸止めされていた。
眼前の刀に釘付けになり、達磨のように寄った目は一刀斎を映していない。
「
手に柄を打ち付け刀を落とさせ、
その時勢い余って、着流しが破けた。
「貴様……一刀斎……!!」
「許さんぞ!」
川を見れば、男達が起き上がっている
一刀斎はそれを流し目に見て、男が離した刀を拾った。
「許さないのは構わんが、お前等は武器にこだわるんだろう。そいつを除いて全員無手だが、どうするつもりだ?」
刀の切っ先を、唯一刀を持ったまま放られた男に向ける。
「おれはこの通り、武器を持っているが」
すると、他の二人は、互いに顔を見合わせて。切っ先を突き付けられた男は、そんな二人の顔を見比べた。
そして。
「その刀、こっちに寄越せ!」
「いや、こっちだ!」
「ふざけるな! これは俺のものだぞ!」
一本の刀を賭けて、みっともない奪い合いが始まった。一刀斎がそんな連中を
この具合なら、そう間もない内に
ならば。
「さて、と」
あんな連中に刀を持たせておくのも具合が悪い。
破けた着流しをまた二枚に裂いて、男から奪った刀に巻き付ける。これを売り払えば、多少の金になるだろう。
騒ぎが大きくなる前に、刀を抱えて足早に立ち去る。
「待て、一刀斎!」
「お前が待て! 俺の刀を持っていくな!」
「元はこっちの刀だろう!!」
騒がしい男達をさておいて、一刀斎はさっさと街に戻る。
平穏において武芸者とは、とかく
「それはまた、災難だったなあ一刀斎」
日も暮れてきて、一刀斎は散歩から帰っていた。
二人で縁側に座りながら一刀斎の愚痴を聞き、月白はくすりと頬笑む。
いつもの
「とはいえ、人様のものを奪うのは感心しないな」
「近江にいた頃は
特に、武芸者と賊にその手の
武器を奪われる方が悪いのだ。
「それに、出したのは
「それが良心とは、武芸者はつくづくろくでなしだな」
「日がな一日棒を振るうだけの人間が、健全なわけがないからな」
ごろんと、縁側に
秋の空は、とにかく暮れるのが早い。空に、赤と青が混ざり始めていた。
――――パンッ。
「どうした?」
「どうやらハエがいたらしい」
縁側を叩いた手を退ければ、掌の
ヒラヒラ手を振ると、ハエは弱々しくどこかへ飛んでいく。
「ふむ……虫も冬ごもりする場所を探しているんだろう。今年の寒さは特に厳しい」
「ああ、そうだな。……そういえば」
「うん? どうかしたのか?」
「いやな……近江にいたときも似たことがあってな」
虫の一匹が、腕に止まったから剣の妙技を悟れたのだ。
心に応じて体は動く。自然のままで良い。考えてから動かなくても良いのだと、一刀斎は一匹の虫でそれに気付けた。
「ふむ……虫一匹で技の妙を悟れるとは、本当に、一刀斎は常に剣のことばかり考えていたんだな」
「考えすぎて駄目になりかけたこともあったが、それ以外特に考えることもなかったからな」
「なるほど、ろくでなしだな」
「ああ、ろくでなしだよ」
その壮健な肉体を人のために使わずに、ただ人を斬る技ばかりを
「ただ、武芸者として普通なのは、
「
「さてな……立場上、面倒事に立ち合わなければならないからな。苦労してるだろう」
柳生新左衛門は、大和で柳生の
二人とも、ままならない立場を惜しんでいた覚えがある。二人は一様に、一刀斎の自由な身の上に
「さて、私はそろそろ蓮芽のことを迎えにいってやらないと」
「
「いや、今日は
思い返せば、蓮芽と藤花に初めて会った夜、藤花からは蓮芽に対する強い思い入れを感じた。
「よほど、お気に入りのようだな」
「ああ、だいぶ長い付き合いだと言っていたよ。それじゃあ、留守を頼んだ。来客が来たら近所だからすぐに帰ると伝えておいてくれ」
「分かった。頼んだぞ」
葛湯を飲み干した月白は、通り庭を介して玄関の方へ向かっていった。
一刀斎はしばらく
「……そういえば」
色々と使いを頼まれたが、
常に人影があった部屋の中に誰かがいないことに、妙な違和感がある。
この
思えば、一刀斎はだいたい誰かの家に
せめて湯呑みだけでも冷やしておくかと、甕から桶に水を移して軽く
と、ちょうどその時。
「すみません、誰か、おりませんか」
「む……? 少し待て」
戸の外から、声が掛けられる。まさか本当に来客があるとは。急患でなければいいのだが。
そう思いつつ、一刀斎は
「すまんが、医者はいま出払っている。近所だからすぐに帰ると言っていたが、急用でないならば中でしばし待てば……」
「え、あ、手前は病人ではなく」
戸の前に立っていたのは、一刀斎と同じ年頃の男だった。
よほど健康なのだろう。血色はよく生気に満ちている。袈裟は来ていないが、
目は小刀のように細いが、鋭さは感じられない。まるで半眼の仏像にも見えるほど、柔和な雰囲気をしていた。
「……なら、薬がいるのか? すまんが、薬売りも出来ない。おれはただの留守番でな」
「いえ、薬が要るわけでもなく」
「……では、何用で?」
「申し遅れました。手前、
「
その名前には、一刀斎にも覚えがある。
それは柳生の郷で出会った、柳生新左衛門と
そして、曲直瀬道三と言えば。
「よもや御身は」
「はい。手前は曲直瀬道三の
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