第十五話 眷属
「毎度ありぃ」
道行きの老いた
しかし。
「……なんの野菜となんの魚だ」
麹以外の内容は適当である。その辺り、月白は期待を裏切らない。
麹は
それ以外は特別
「それなら鳥が食いたいんだが……」
なにぶん月白は料理に明るく、
……指示通りの買い物をするのが吉だろう。
「すまんが、魚と野菜を売ってる者を見ていないか」
京は今も整備が進んでいるし、
それでもやはり、美味いものを持っているのは
「それなら……もう少し上ったところにいると思いますなぁ。背中を見送ったので」
「む、そうか、礼を言う」
もう一銭、加えて渡す。さっきと全く同じ、間延びした「毎度ありぃ」を口から出して、一服一銭はその場を去った。
上がった、というなら出来の良いものでも出たのだろう。
先に買われてしまう前に、一刀斎は大股になって広い道の
そこにあるのは、
袂に入れた手で
「……で、お前達はなんだ?」
意識を感じ取るのをやめた一刀斎でも感付くほどの、分厚い
振り向かずとも、尋常ならざる圧が押し付けられている。
先を急ぎたいというのに、厄介な連中がついてきたものだ。
「…………」
なんだ、と聞いても返事はなかった。
ただ、大きな鼻が漏らす荒い息だけが返ってくる。
とはいえ、見当が付かないわけではない。めっきり来ないと思っていたが、こうして徒党を組んでいたのだろう。
かつて
しかし、ここまで乱れた気配を放つとは、
取るに足らない、と吐き捨てるのは簡単である。
だが逆に気になった。いったいどんな
そして小道を振り向けば――――、
「――――――――は?」
とうてい武芸者に見えない男達が、みっちり詰まっていた。
思わず、すっとぼけた声を上げてしまった。恐らくこの先、こんな間の抜けた声が出ることはないだろう。
刀こそ携えているが、その見てくれは、間違いなく町人そのものである。どう見積もっても鍛えた人間のそれではない。
この雑な気配も、納得である。
「……お前等、おれに何か用でもあるのか?」
「お前の胸に……聞けっ……!!」
苛烈に燃える気を吐きながら、先頭にいた男が斬りかかってくる。しかしその動きは
ゴシィ!
「ぐぬぅ!?」
男の刀は、そのまま軒先にぶつかり引っかかる。
このように狭い場所で、派手に刀を振り回すものではない。掲げればこの通り軒にぶつかる。もし薙げば壁を斬り付ける。強いて効果的なものを挙げるなら、突きである。
「
「げぶっ」
だが一刀斎は甕割も抜かぬまま、その大きい手で作った拳を繰り出した。
男はそのまま吹っ飛んで、
軒にぶら下がったままの刀を軒から引き抜いて、一刀斎は後ろに放り捨てる。
一人殴り飛ばしたぐらいでは、男達の気は
「で、どうしておれを
狭い路地の中、男達は地べたに座っている。
一刀斎もそんな彼らを見下ろすことなく、膝を曲げて屈み込む。
ついさっきまで、この路地で一刀斎は目の前の男達を相手していた。自分も甕割もだいぶ大きかったから、刀は抜かず素手で相手せざるを得なかったが、この男達には武術の心得はなかったらしい。
囲まれれば分からなかったが、大人三人が並んでやっとの道である。正面に相手が集まっているならばどうということはない。
しばらく、沈黙が続く。
痺れを切らした一刀斎が再び口を開きかけた時、冷たい風が通り抜けた。
「…………なあ、あんた」
それに合わせて。
ようやく一人の男が口を開いた。
「月白先生と、どういう仲なんだ!?」
「……………………は?」
……ついさっきまで、この先出ることがないだろうと思った間抜けな声が、またも出た。
「……どういう、とは?」
「あんた、ここしばらく
瑠璃光、とは月白の
確かに男の言うとおり、一刀斎はあそこに間借りしている。
他に
「まさか、あんた……月白さんの旦那」
「違うが」
食い気味に否定してしまったが、実際月白とはそういう関係にはない。
一夜を共にしたことこそあるものの、より深い関係になったかと言えば考えどころである。
……どう、と訊かれれば確かに分からない。よく考えたこともあまりない。
己と月白は、いったいどういう……。
「じゃあどういう関係なんだ!?」
今一度考え直そうと思ったとき、他の男たちも前のめりになって聞いてきた。
これでは考える間もないと、一刀斎は
「……で、そういうお前たちはなにものなんだ?」
「俺たちは、薬師如来の生まれ変わりである月白先生を陰に日向に応援する者……」
「言うなれば、
「現世大医王の眷属」
思わず、そっくりそのまま返してしまった。
今まで長く旅して色んな人々と交流をしてきたが、今まで出会ったことのない毛色の手合いである。
女に入れ込む連中はそこそこ見てきたが、こういう風に信仰心にまで
「……その、現世大医王というのはもしや」
「当然、月白先生に決まっているだろう!?」
「あの美しさ、あの医術の腕、あの慈悲深さとあの美しさ、正しく
「今美しさって二度言わなかったか」
「あの犯しがたい
「
あるいは聴いていないのか。
いったい月白は、この男共になにをしたのだろうか。
ここまで
「で、結局あんたは月白先生のなんなんだ?」
反れに反れた話しで分かったが、彼らにとって、月白という存在はよほど大きなものらしい。
下手を打てば、面倒な事になりかねないだろう。
ついさっきのしたものの、なにしろあの
その気になれば全員斬ることなど分けないが、しかし、今この京を荒らすつもりにはなれない。
なにせ一刀斎が京に来た目的は、第一に
それ故に、天下の往来を赤く濡らすのは気が引ける。そもそも
「……もう二十年近く
「ふむぅ……」
男達は
あまり居心地はよくないが、彼らを納得させねばならない。
正直言えば
……もう、いい野菜と魚はなくなってしまっただろう。
「なんなら、今から月白に聞きに行くか?」
諦念交じりに、聞いたのだが。
「…………」
「うん?」
男達は、バツが悪そうに視線を逸らす。
今まで敬念を抱く月白について
……そういえば、とハッとする。
「さっき、意地汚い下心と言っていたな」
一刀斎の指摘に、男達は同時に肩を振るわせた。今度は、一刀斎が目を細める。
しかし彼らのじっとり絡まる訝しむものとは違う、確かな
その視線に観念したのか、一番前に座る男が口を開く。
「…………すまなかったな、あんた。……話すよ。俺達が、あの人に、なにをしようとしたか」
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