第九話 あの屍たちはどこかへ消えた
「
「そうか……」
足が覚えた
「おれへ
「先に帰る、ゆっくりしていけ……と。ああそれと」
「それと?」
「
思わず、
軽く溜め息を吐いて、仕方なしに、銭を入れた
「なんだ、
中から錆と汚れの少ない銭をいくつか拾い取った男は、そのまま巾着を返してきた。
一刀斎は男から受け取った銭を懐にしまい、世話をかけたと手を振った。
しかしゆっくりしていけと言われても、はてさてこれからどうしたものか。
秋の日は短いから、晩飯まではあと
しかし、後は行くところなど……。
「――――」
当てもなく東の方へ歩いていた一刀斎は、やがて京の
自然と、花より鮮やかな赤色を目で追った。川の流れに飲まれること無く、赤い魚が泳いでいるようにも見えた。
「…………そういえば、まだ、あそこには行っていなかったな」
一刀斎は、その紅葉を追っていく。
かつて広がっていた
荒れていた道はすっかり
その変わり様は、京の
死体が積み上がっていた川は、子ども達が寒さも気にせず水切りして遊んでいた。
骨と肉に
なんの
「……赤」
布で目を隠し、汚れた赤い衣を纏った
肉が枯れ果て、
あの死が蔓延る世界の中で、唯一命の輝きを有していた。それはまるで、黒い泥の中で咲く赤蓮華のようで。
思わず、「赤」と名付けてしまった。
だが、もう赤はいない。この
「――――」
周囲を見渡しても、その母の姿はない。どこかへ消えたか、それとも、
それにしても。
「……売られた、か」
彼女もまた、目も見えない。その代わり、音を
あれから十年余り。年の頃も、順当に行けば
「もしかしたら」という
だがしかし、赤といた時間はわずか
まだまだ幼かった上に、目も見えなかったあの童が、一刀斎のことを覚えているわけがない。
直接聞いたところで、確かめることなど出来ないだろう。
秋は珍しい
「貴様……
南から、問われてそちらを見れば。
荒れた
笠は深く被られていて、その
そしてその腰には、一振りの刀を帯びている。
「たしかに、おれはかつてそう名乗っていた。今は、姓を
「どちらでもよい」
男は、腰の刀に手を添えた。
「……そういう貴様は?」
「俺のことなど忘れたか」
川縁では、子ども達が思い思いに大きな石を川へ投げ込んで、浮かんできた魚を捕っていた。
男の
「あの時の
瞬間、男は道を蹴り出して、
まるで月が落ちてきたような、見るも
「――すまんな」
「むっ!?」
だが、その月の閃きは一刀斎を掠めること無く。
一歩、音もなく後ろに退いて斬撃を
骨が砕ける
「
下がった頭に、抜いた
ボロボロだった笠が破れ、男の顔が露わになる。
頬が張り、鼻も
息がこぼれて、震える唇はただ分厚い。
「お、俺が……」
「む?」
どうやら、身体は頑丈らしい、それなりの手加減をしたとはいえ、意識を手放していなかったとは。
「俺が、最後だと、思うな……お前は、まだ、狙われ…………ごぐっ」
……感心したのも束の間、すぐに落ちた。
気を失う
「…………結局、誰なんだ? コイツは」
一刀斎は首を傾げながら、甕割を鞘へと戻す。川縁を見れば、こちらのことなど一切気にせず、子ども達は魚を
「今、戻ったぞ」
「おお一刀斎、お帰り。ちょうど今出来るところだ」
戸を開ければ、
「今日の夕飯は獣肉の
「……お前、仏教の生まれだよな?」
「
「ああ」
戸を開けてすぐにある瓶から、冷たい水を
それを二、三度繰り返して一刀斎は居間に上がる。
昨日の夜、月白に
「……蓮芽はまだ帰らないのか?」
「あの子は今日も仕事だよ。お前も聞いただろう、あの子の三味線を。
粥を炊いていた鍋蓋を取ると、仕上げとばかりに月白は刻んだ菜っ葉を散らしていた。白く湯気と共に、
喉がゴクリと、勝手に鳴った。
「蓮芽は、帰れるのか?」
「今朝、迎えに来た妹弟子達がいただろう? あとは、たまに、席が一緒になった
「そう言えば、昨日もその様なことを言っていたな」
「藤花は、
膳を持った月白が、
一刀斎の前に置かれたのは、散らされた菜っ葉が生える白い粥に、黒茶色に煮込まれた獣肉を乗せた皿。
加えて、多めの
「……豪勢だな、これはまた。こんな
「まさか。今日はたまたま肉が手に入ったから使っただけだよ。この一帯に医者らしい医者は私しかいないし、自然と銭は集まってね。……人の不幸で
「人のためになるのなら、問題は無いだろう」
肩を竦めて自分の膳を取って来た月白に、声を投げ掛ける。一刀斎の向かいに座った月白は、髪を耳に掛けながら「ありがとう」と穏やかに笑う。
「それじゃあ、食べようか。一刀斎には久々の京。なにか、思うこともあったろう?」
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