第四話 十年磨剣

「おい兄さん、あれはお前さんの客か?」

「……そのようだな」

 いったいどこから仕入れたのか。三浦みうらみなとに突如現われた無頼ぶらいたちは、みな一様いちようになかなか上等なびょうぼうを振り回し、積み荷やら卸売りの品やらを荒らし回っている。

 商人達も頭に血が上り、売り物だろう陶器とうきやら置物おきものやらを投げつけて、刀を抜き放っている始末しまつ

 一刀斎は「これはいかんな」と手に取ったシビを食いながら、無頼共へと近付いた。

「仲間連れでおれいまいりか。お前ら」

「……! 来やがったな……!」

「てめえ、昨日はよくもやりやがったな!!」

 無頼達は現われた一刀斎を見て、今まで無軌道むきどう無遠慮むえんりょに振り回していた太棒ふとぼうを、一刀斎の方へと向ける。

 その目は血走っており、腕に浮き出た血管けっかんは力強く脈打っている。

 よほど血の気が多いのだろう。まるで反省はんせいした様子ようすがない。

 どうやら、少し適当にやりすぎた。性根しょうねくだくぐらいがよかったらしい。

 ならば、今度こそ。

「この後に用がある。あまり付き合ってられんから、さっさと終わらせるぞ」

 研師とぎしに借りた大太刀おおだちを引き抜き、無頼達へ突き付ける。

 さっさと終わらせる。一際身体が大きい無頼の頭がその一言で頭に血を上らせて、まるで赤鬼のように顔を赤らめた。

 頭が「やっちまえ」と腕を掲げた直後、後ろにいた仲間が一刀斎を囲う。数は昨日の倍、十二人。四方しほう八方はっぽうを完全にふさがれている。囲いの外からは、商人達の発破はっぱが聞こえた。

「掛かれ!!」

 頭の号令ごうれい。それと共に四人の男が一刀斎へと殺到さっとうする。自分から見てうしさる方位ほうい

 突きに袈裟に振り下ろし、四方から異なる軌道で迫る打撃だげきに、避ける間隙かんげきは見当たらない。

「食らえ――」

「食らわんが」

 だがしかし、棒はただ空をはたいただけに終わり、互いの得物えものが絡み合う。

 一刀斎のいた場所に、そのくろかげはなく。

「なっ」

 声のなる方へ振り向こうとした瞬間、男の眼前は暗く染まる。

「馬鹿な、どうして……!」

 続いて反応した男もまた顎を打ち上げられた。

 そして。

「ぐごぁ……!」

「ぼうぇ!」

 伸びた男を踏みつけて、横薙ぎ一閃振るわれた剣が残る二人を同時に払う。

 またたく間に、三分の一が斬り伏せられた。

「くたばれ!!」

ことわる」

 背後から一足飛びにかった男の一撃を、一刀斎は見もせずかわし、柄頭つかがしらで腹を打つ。

 くの字に曲がってガラ空きになった襟首を掴み、続いて迫った男に投げつけた。

「この野郎!!」

 その間にやってきた男の、雑な高段から振り下ろされる一撃を、しのぎらしてこめかみを撃ち抜き頭蓋をかち割った。

「ちくしょう……!」

 背中を向ける一刀斎の脳天目掛けて、鉄の石突を突き出す無頼ぶらい

 しかしその刺突は、振り向き様に放たれた柄によって払いのけられ、そのまま胸をしたたかにたれる。

 なんということだろうか。

 先程まで暴れていた十二人の無頼達。それがもう既に、半数まで減らされた。


 仕合しあいのために甲板かんぱんに出た十官じっかんは、破裂はれつした闘気とうきの火花を感じ取った。

 何事かと港を見下ろせば、昨日の剣士、トダイットウサイが男達に囲まれていた。

 男達は見るからに武士ではない。盗賊とうぞくの類なのだろう。だが、使う得物えものはやけに質が良い。遠目に見ても、びょうと石突、金具かなぐの出来はよく見える。野卑やひな男達には似合わないが、日本とは武具に溢れた国なのか。……いや。

「おやおや、なにやら問題が起きたらしいな?」

 十官の隣に立ったのは、彼をこの島へと連れてきた商人である。いつもは隠す胡散うさんくささが、今日は身から滲み出ている。

 商人の様子を見るに、どうやら一枚噛んでいるらしい。

 恐らく、昨日の動揺どうようを感じ取って動いたのだろう。

 情報を仕入れて相手が求めるものを流通ながす。商売の初歩しょほ基礎きそである。

「それにしても多勢たぜい無勢ぶぜい。これでは仕合の方も怪しいか?」

 十官は、そのいには答えない。しかしそれは、肯定こうてい沈黙ちんもくではなかった。

 腰に納めた刀の柄を握りしめ、しかと眼下がんかに目を向ける。

 ――昨日、イットウサイは己の腕を見ていたはず。ならばこちらも、見せて貰おう。

 奴が振るう、その術理を、その理合を。


「こいつ……どうなってやがる……!?」

 無頼達がいくら奇襲を仕掛けても、視覚の外から狙っても、正直に真正面からなぐりに行っても、一刀斎には鋲の先さえれもしない。

 暖簾のれんを腕で押すような。ぬかに釘でも打つような。

 ――いや、まるで、炎をあおいでいるような。

 一刀斎は確かにそこに存在している。にもかかわらず無頼達の攻撃は、透過しているかのように当たらない。

 それはもはや験力げんりきかなにかとさえ思え、目の前の黒衣の男が、人ならざる天狗てんぐ夜叉やしゃかにさえ見えた。

 一刀斎は、気配にさとい。けものごとき勘の良さを有しており、相対した相手の攻め気を読みかわしていた。

 一刀斎の炎が如き戦姿いくさすがた由縁ゆえんである。

 だがしかし一刀斎は、この十年間じゅうねんかん廻国かいこく修行しゅぎょうで、気配を感じることを

 一刀斎の気配を読む力は、剣技わざを研ぎ澄まし、心法しんぽうやしなたびにより強力きょうりょくに、より鋭敏えいびんになっていった。

 次第しだいに文字通り、ようになったのだ。

 感じる全てに意識を巡らせてしまえば、真に相対すべきものを見失う。

 こちらに向けられた全てのものに、対応する必要などない。

 真に相対すべきは一つだけ、こころほのおが反応したもの一つ。

 こころほのおは、必要な時だけ燃やせば良い。

「じ、冗談じゃねえぞ!」

 天狗なんぞにかされてたまるかと、男達は我武者羅がむしゃら挑みかかる。

 力量りきりょうを理解しておきながら、向こう見ずな無謀むぼうさである。

 三者三様さんしゃさんよう三方さんぽうから、残り少ない無頼が大振りな一撃を繰り出した。

 しかしその三つの打撃を一刀斎は足をさばいて容易く避け、三人一方いっぽう一纏めに、一人ひとり一閃いっせんで打ち倒す。

 これで残るは、あと一人。

 昨日庭先まで転がした、無頼の頭らしい男である。

「ぐ、ぬう……」

 野太い棒を構えたまま、頭は一歩も動かない。鼻と頬骨の間にあるくぼみから、汚い脂汗あぶらあせひげの間にしたたり消えた。

 決したまなじり、白い目玉の真ん中で、小さい瞳が大きく揺れる。

 鼻の穴と歯の間から漏れ出た空気が伸びっぱなしの髭を揺らしている。

 一刀斎が一歩近付けば、ジリと一歩後ろに下がった。

 完全に、怯えている。だがしかしよほど頑迷がんめいなのだろう。引っ込みがつかなくなったと思っているのか、表情だけは赫怒かくどで熱されたで真っ赤に染まっている。

 頭に血が集まって、まるで破裂しそうなほどに頬が膨れあがった。

「ぐ、がぁああああああぁああああああ!!」

 意味も意義も込められていない、けだもの絶叫ぜっきょう

 担ぐように振りかぶった棒はその図体ずうたいに隠されて、まるで見えない。

 自覚してか無自覚か。どちらにしてもさかしい行為だ。ただ漫然まんぜんと見ているだけでは、打撃の調子は分からない。

「シネ――」

フンッッ!」

 だから、先に一撃加えた。

 一歩いっぽ大きく踏み込んで、むねはら境目さかいめへと深くを撃ち付ける。

 メキリ、と、あばらが砕ける音がした。

 バキリ、と、せぼねが外れる音がした。

 そしてビキリ、と。

「………………しまった」

 刃の真ん中に、ひびきずが入った。


 刀身を見れば反りが深く、しかしどこかかくっている。それどころか、右や左にゆがんでいる。

 目釘めくぎも緩くなっていて、少し手首を振るだけでも刀身が揺れた。

 ……見た目には剛刀ごうとうに見えたのに、どうやら強度はそこまでだったようだ。

 平打ち峰打ちを多用しすぎた。借り物だというのに、駄目にしてしまった。

 いやまずは、それよりも。

「…………ここに、貸せる刀はあるか」

 そう商人達にたずねたら、全員揃って首を真横に何度も振るう。

 中にはあからさまに箱を隠す者もいて、さっきまで刀を握っていた者もなにも答えず、ある者に限っては隠しもせずにないと言う。

 当然だろう。いま正に刀一本駄目にした男に刀剣うりものを貸そうという商人なぞいるわけが無い。

 まさに窮地きゅうち、これから一戦いっせん、あるというのに――

「お見事ミゴトでした!」

 高い声につられて見れば、黒い舶来の商船から、一人の男が下りてきた。

 ニコリと優しげに笑うのは、大陸から渡った十官の主。

「いやしかしながら……ふむ、そのカタナではタタカえませんねえ……こちらからおししましょうか?」

「武器は結構いらん

 商人の誘いを、一刀斎は一刀両断斬り捨てた。

「アラそうですか」と、心底しんそこ残念ざんねんがる様子の商人。

 ……一刀斎はいくら気配を読むのを止めたと言っても、相対した者の感情の色ぐらいは読める。

 あのやけに質が良く、十余りもの揃いの鋲打ち棒。どうやらあの無頼達は、この男の差し金らしい。理由はサッパリ、分からんが。

 商人に続き、十官がふねから下りてくる。

 その腰には段平だんびらのような唐刀からとうが差してあり、あちらの準備じゅんび万全ばんぜんらしい。

 この商人が貸す武器とやらが、馴染みのある武器である可能性は低い。

 「買う」ならともかく「貸す」であれば、上等なものを出されることも期待できない。

 ――――ならば。

を使わせてもらう」

「……………………は?」

 一刀斎が袂から出したを見て、商人はその細い糸目を見開いた。

 船から港に下り立った十官も、その赤銅しゃくどういろの眉間にしわを寄せる。

 一刀斎が、取りだしたのは。

一応いちおう親骨おやぼねはがねで出来ていてな。いざの武具として申し分ない」

 遠い昔十年前、ある女から譲られた、黒い骨を持つ鉄扇てっせんだった。

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