第五話 結実の日
「……
「
一刀斎が握る
彼も
それに大して
……だが、断られることはないという確信がある。
「十官?」
薄い
強い
口は舌でも持たぬかのように、全く言葉を発しない。
しかしながら、
言葉を使わねば意が分からぬ相手など、
「当の本人は、やる気のようだが」
「……そのようですね」
商人に武の
十官が放つ気配の意味を、しかと
それだけではない。
「おいおい、あの兄ちゃんあんな小せえ
「あの
ここまで
「――いいでしょう!
ニッコリと、さっきまでしていた
商人の下した決断に、港はより盛り上がった。
しかし距離は決して詰めず、
一刀斎と十官は、お互い示し合わせることもなく、ごく自然にその円の中心に歩みを進める。
互いの距離は都合
懐から
戦いの準備は、
夏の海の湿った空気が引き剥がされる。苦しいだけの真夏の陽射しが気にならない。
一方で、
この青く燃える夏空の下、汗の一つも流さずに、ただ
その手に持つのは刀でなく、一尺に
それも
……だが、その分
しかし。
(……これは、とかく
十官は身幅の刀を抜き放ち、
半月だった目は大きく見開かれ、開いた
まるで天に昇る前の
恐れはない。必要もない。
単純な作業を――――存分に、楽しむだけ!
「
十官が握る己の鉄扇の三倍はある刀に、恐れもせずに一刀斎は、短兵急に地を駆ける。
「ッッ!」
同時に十官も大きくその身を跳ねさせた。
全身の
まるで身体が一つの肉で出来ているようで、その豪壮な
竜の
「ェエアイ!」
「
見るからに重たそうな、野太い
一刀斎は空いた手で十官の腕を押し留める。さながら竜の頬を打つように。
しかし即座に十官は、脚を一刀斎へと振るい上げた。刀が牙なら脚は
ぶれて影さえ追い付かず、
一刀斎はその攻撃を、まるで
大の男だろうと悶え苦しむスネへの一撃である。
「ケェエイ!」
「ッッ……!」
一刀斎が振るった打撃を、十官は膝を折り曲げ鉄扇を
たまらず、一刀斎は大きく飛び退いた。眼前を過ぎった蹴りは風を起こして前髪を撫でる。その風には、
(やはり
一刀斎は過去に一度だけ、大陸の武術と相対したことがある。
その相手は素手でありながら、一刀斎にいくつもの
あの男が
技のついでや
「シュッ……!」
細かい
「ハァイッ!」
眼前へと突き出される刀の
「ヤァッ!!」
「っ!」
十官は即座に手首を返し、遠のく首へと刃を向ける。
しゃがむか。いや、その場で止まれば顔面に蹴りが飛んでくる。ならば。
「
一刀斎は前へと避ける。鉄扇で牽制の打ちを放ちながら、十官の横を通り抜け前後を入れ替えた。
そこで
しかし、舞台を作る
「おお、あの兄ちゃんやるぞ! 今までほとんど一撃で終わらせてきた十官相手に!」
「扇だからってこりゃ分からねえ、おい、もっと
夏の
夏の暑さも感じず、男共の馬鹿騒ぎも聞こえない。
それは、十官も同じであった。ゆるりと一刀斎へと向き直るその目は、より
ゆらり、と身体が動いた。瞬間。
「シュッッッ!」
十官が、今一度懸かり来る。大きく離れた二人の距離を、あっと言う間に埋めるその
「ギィエイ!」
耳慣れぬ叫びと共に放たれる唐竹割りを、一刀斎は扇で抑える。共に飛んできた蹴りは半身に捌いて避けてみせ、同時に一歩踏み出し襟首へと掴みかかった。
しかし伸ばした腕は空いていた
「ちぃっ!!」
「フンッ!!」
密着した掌から打ち出されたのは、
身体に
同じ大陸の武と言うからもしやと思ったが、やはり使えるらしい。
放たれる瞬間、身を下げたことで
あの男が使ったのが力の毒なら、この男が使うのは力の熱か。
十官の目に、光が踊った。感嘆しているのか、驚嘆しているのか、それは分からない。一つだけ確かなのは、一刀斎が勁を避けたことに
十官の纏う
これから先、彼の技から
技はより研ぎ澄まされて、竜のような体捌きに、文字通り
――――なら。
そちらが本気を出すのなら。
「おれも、存分に技を振るおう」
間違いない。今相対している大陸の武芸者は、十年にも渡る
いま
己が定めた
他ならぬ、一刀斎の心王が吼えた。
「行くぞ、大陸の武芸者。――――おれの全て、今お前に叩き付ける」
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