第三話 死日
大陸由来の黒い
その
薄暗く、
日に五度ある神への祈り。そのうち一つを今し方終えた。
「おい、
十官は自分をこの地まで連れてきた商人の言葉に反応せず、絨毯を片して刀を抜いて練武を始める。
壁に映された十官の影は、まるで身体をくねらせ天に昇る竜である。
無視された商人は奥歯を噛みしめながら、「全く」と大きく溜め息を吐く。
「
ドン! と、十官が床を踏みつける。それが
船内全体が
「聞く耳持たないか……だがな、今は
今まで刀を振るっていた十官が、技の途中でぴたりと止まる。
商人はいつもなら最後までやりきるはずなのに、なぜか
「…………やはり、
商人も十官とは付き合いは長い。それでなくとも職業柄、人を
一刀斎が今までの武芸者と異なる肉体をしていたのは見て取れていた。
十官が纏った
商人は「ふむ……」と軽く
「…………私は用事がある。そろそろサガミでの商売も終わる。だから頼んだぞ、十官」
だが敢えて、深く
――金を見る前から、よくもまああそこまで稼いだ後のような目が出来るものだ。あれは何か余計なことを思っている目だ。
思っても口には出さず、十官は
いつもよりも、
この国に渡り五十人の武芸者と相対したが、みな
だがしかし今日、
トダイットウサイと名乗ったあの剣士は間違いなく。
「フッ!」
閃いた刀が鋭い太刀風を巻き起こした。
――だが即座に、再び
…………間違いなくあの剣士は、本物である。
額に落ちた
むくりと起き上がり伸びをすれば、辺りは木々に囲まれていて、
昨日は一度街で晩飯を食った後、この森で
空を見ればまだ
約束の時間は午前だったが、いくらなんでもこれは早い。
と、すれば――。
「……――」
一刀斎は傍らに置いていた刀を抜いて、頭上へゆるりと持ち上げる。
無理な力が掛かっていない、ごく自然な立ち姿。
――
柔らかなその構えとはまるで真逆。力強く野太い
剣の軌道は乱れることなく、
一刀斎の心に乱れはない。
京を出て今年で十年。ひたすら磨き上げてきた
廻国修行の中で
今はとにかく、
「さて……」
寝て
「ん――?」
その時、
納めきる前にふと見てみれば、
目釘をしかと締め、「これで大丈夫だろう」と改めて腰に差し直す。
三浦の魚は、
しかしながら。
「…………むう」
魚というのは年を
サバもアジも確かに美味い。美味いのだが、この生まれ里と似た潮の臭いと変わらぬ味のせいで胸が焼けてくる。
「なんだ兄さん、そんなしかめっ面で。魚は嫌いか?」
一刀斎へ魚を売った年老いた
「……いや、
サバの身を食い千切った一刀斎の答えに「ははぁ、そうか」と頷いた老漁師は、目を細めて顎に手を当てた。固い無精髭が撫でられるたびに音が鳴り、
「そうだな……あんた武芸者だろ、今日あの唐人と
そう言った老漁師は、若い衆に「あれを出せ」と指図する。
「あれかよ……」と不満そうな若い衆二人が、しぶしぶ舟から担ぎ出したのは、背中が青黒い
「これは?」
「こいつぁ
老漁師が手慣れた様子で
しかしその身からは、確かに強い血の臭いがした。
「嗅いだ通り、こいつの身は血生臭くてよ。オマケにデカくて塩にも合わねえもんでなかなか売れねえのよ。だけどまあ、アンタみたいに血気盛んな武芸者には合うんじゃねえか? ほれ」
大振りな刺身を、老漁師は差し出してくる。
別に武芸者は相手を取って食らうわけでも、好んで血を啜るわけでもないのだが。
そう思いつつ一刀斎は
「……ふむ」
噛めば噛むほど、
だが厚い身は噛み応えはあり、人の血にあるような鉄臭さは感じなかった。
脂はあるがサッパリとしていて、思ったよりもくどくはない。
美味いものではないが、かといってそこまで疎むほどでもなかった。
「それに、
「確かにな、いい名前をしている」
「死ぬ日」とは凄まじく縁起が悪い名前をしている。名前もそれでは好まれもしないだろう。しかし。
「妙に
「だろう? 実は俺もこっそり食ってんのよ。好きな奴はとことん好きな味だぜ、これは」
そういう老漁師は自分でも捌いた刺身を食らう。相変わらず離れたところでは、若い衆が信じられないものでも見たようだがさておいて。
「もう一切れもらって良いか」
「おう、一切れと言わずどんどん食いな」
この今までの魚とは大きく異なる目新しい味は、癖になる。
どれ、言葉に甘えてもっともらおうかと手を伸ばした時……
「
港の入り口から、荒ぶる声。何事だとそちらを見れば。
「おいお前ら、仕事の邪魔――」
「うるせえ……!!」
掴みかかろうとしたガタイのいい奉公の胴を、野太い棍棒で撃ち抜き飛ばす一人の男。
あの男は見覚えがある。いや、一人だけではない。後ろにぞろぞろ並んだ連中、その数人はつい昨日見た。
あれは間違いなく、小さい
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