第二話 龍の如く
「また勝ちやがったぜあの
「これで
「チクショウまた負けた!」
「あんなのに勝てる奴いるかって!」
賭け事でもしてたのだろう。見物を決め込んでいた男達は
「今の動きは……」
一刀斎には、あの唐人の足捌きに見覚えがあった。
一直線に突き進むものではなく、前後左右、自在に動き迫るその足捌きは、かつて
だが。
(あれとは、比較にならんな)
あの陰陽師の動きが
思わず、息を飲む。喉を鳴らした唾の音で、全身の血が熱く
それと時を同じくし。
「
唐人が出て来た船から、男が下りてきた。
節々に癖は感じるが、異国の者の割りに言葉は上手く、相当な
「
商人の問いに答える者はいない。どうやらこの港に赴いていた武芸者は、あの鑓使いで最後のようだった。
唐人――十官も待ち構えている
「――――飛び入りでも、構わないのか?」
「オヤ?」
一刀斎が、一歩踏み出した。男達や商人が同時に一刀斎の方へと向くが、十官だけは目をやることもなく、そのままじっと空を見ている。
商人はその細目を、パチリと一度
文字通りその一瞬の間に、商人は一刀斎の身体、
商売に使う
商人が一刀斎に向けていた意識が、にわかに熱くなる。
それは
「…………いいでしょう!
「
腰の刀に手を掛けながら、ゆるりと歩みを進める。
商人に
ただ真っ直ぐ、異国の武芸者へと撃ち放つ。十官は初めて、一刀斎の方を見た。
半月のような目の奥には、
それはまるで、突き付け合った二振りの刀だ。
港の男達は降って湧いた挑戦者に
「では十官、準備を……」
「■■■■■」
商人が促した瞬間に、十官は何かを呟いた。
聞き慣れない言葉である。恐らく大陸の言葉なのだろう。商人が目を見開いたのを見ると、あまり好ましい意味ではなかったらしい。
「■■■? ■■■■!」
「■■■■。■■■■■」
商人もまた、似た言葉で十官に語りかける。なにやら説得している様子だが、当の十官は聞く耳持たず。
そのまま踵を返して船の中へと戻ってしまった。
そんな背中を見送って、商人は「ハァア」と長めの溜め息を吐いた。
「――――失礼しました外他様! 十官も今日はもう戦う気はないそうで、今日はこれにて……明日でよければ、
「おれは、別に構わないが……」
「なんでえ、またかよ!」
「せっかくもう一仕合見られると思ったのによ!」
なにやら事情があるらしいと
だがしかしそのまま暴動が起きることもなく、
唐人の商人も一刀斎へ軽く一礼し、一足先に戻った十官の後を追って船に戻る。
一刀斎は小さく音を鳴らさずに、
「残念だったなあ兄さん。時が悪かった」
一刀斎の元に来たのは、最初に声をかけてきた船の
「ああ」と短く返し、明の商船を見ながら男に
「……まだ日が高いのに、もう
「なんでもあの武芸者、信じてる教えがあるらしくてよ。日に五回その
「ふむ……」
どうやら十官という男は、
教えに心身を尽くす武芸者は少なくない。一刀斎が己の心をより所として振るうように、神仏の教えに生きる武芸者は、信ずる神仏を基幹に据えて技を振るう。
己の心に信じるものがあるならば、それは武芸者を強くするものとなる。
純粋で、強い想いを有する心は、その分振るう剣を強く、重くするものだ。
あの十官という男、あの体捌きを見るに
「で、兄さんはこの後どうすんだい? 明日まで暇になっちまったが。
「
妙に親切な男の誘いを、一も二もなく断った。
どうしようもない時以外は、船にも乗る誘いにも決して乗らない。
しかもここは
それに、
神社に
「へえ、あの大陸の武芸者とは
「確かにな」
一方あの竜の如き武芸者は、深く信ずるものがありそれを優先し生きている。
一刀斎とは正反対の気質をしているらしい。
とはいえ、世には人が
そう考えればこの世の中に真逆な人間など、
「それより、この
「うーん……、いや、
そういって男が振り向き親指で北を指す。
一刀斎は「そうか」と軽く
「ならそこに行こう。ではな」
「おう、明日楽しみにしてるぜ。なにかの縁だ、兄さんに賭けてやるよ!」
踵を返し、潮風を受けながら歩みを進める一刀斎に、男は後ろから発破を掛ける。
一刀斎はその声に振り返らず、片腕を軽く上げて応えただけだった。
「ほう……粋だねえ」
しかし男は、
森の中に入っても、木々に
島育ちの一刀斎にとって、よくも悪くも潮の臭いには敏感だった。
やはり、木々の匂いの方がいい。夏場の
島育ちとはいえ暮らしていたのは山の中だし、
刀を振るうならば、林間が一番いい。あるいは神社の社中である。
「ふむ……」
半刻ほど借りた大太刀を振るっているが、癖がなく扱いやすい。
「……さて」
ただ直進するだけでなく左右にも大きく動き、時には
それでいてその
間違いなく、あの大陸の武芸者は大敵だ。京を出て二十年、培ってきた己の技を試すに
心地よい温かさが心中に生まれ、
勝つ――。
林中にまで食い込んでくる、
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