第十一話 黒い雪夜の凶つ星
それは
一刀斎が抜いた刀を
だが一刀斎は知っている。甚助にとって
見た目には穏やかな構えからは、その
「寄らば死ね」
相変わらずの無表情。相変わらずの冷たい
「寄らば死ぬ」
頭も心もそう告げていた。
「……」
ジリと、甚助が
こちらが攻めあぐねているならば、甚助の優位には違いない。だが甚助には、心的優位から来る
ただ池に張り詰めた氷のように、一部の
ならば。
「…………――――」
心ばかりは、負けるわけにはいかなかった。
「…………む」
「ほう……!」
甚助が、小さく唸る。舞台から仕合場を見下ろす誰かの
一刀斎は、刀を高く構え上げる。
その姿は、空に
あるいは、今にも飛ぼうとする
両者の距離は
甚助の抜刀の速度は、一刀斎も知るところ。だがしかし甚助は、一刀斎の斬撃を知らない。
大上段から放てる技はただ一つ、振り下ろして、斬り裂く。ただそれだけである。
「寄らば斬る」
真っ向から、己の
「
轟いたのは
灼熱の意が乗せられた
その速度は己の吐いた
対し甚助は
(来るッ!)
冷たい
「
「……!」
一刀斎は即座に転じ、肩から甚助に当たりに行く。身体で右手と左肩を押さえ込み、甚助の抜刀動作を封じにかかった。
これほどの密着距離ならば、たとえ甚助と刀は抜けぬ――――
「――――ッ」
わずかばかり、甚助が身を引いた。それは一寸ばかりの、距離とも言えない小さな
その空間に満ちたのは、
「
しかし抜刀が生んだ衝撃は
「…………まさか、止められるとはな」
「たまさかだ。甘く見た
甚助が後ろに飛び、
剣速だけでない。「
立ち合いの間、ひたすら
互いの
たった
「――――次は、ない」
甚助は
その
広がる
「こちらの
だがしかし、
構えはまたも大上段。構えが済むや否や一刀斎は、六尺の間合を一息に詰める。
石火の足運びと共に刀を振り下ろし、
しかし甚助は
あそこまで練られた
一度練った
身に染みついた
それだけは、信頼出来る事実である。
――しかし。
「
「――――んな」
目の前から、甚助が消える。
まるで相対していたのが、ただの
一刀斎が感じ取っていた
「
放たれるのは、
だがしかし、
会場がざわめき立つ。巫女達の息を飲む声が、
「…………やはり、確実には打てぬか」
頬が熱い。傷口から血が流れる。気持ちまでは一緒に流してやるものかと、親指を舐めて傷口に
刃挽き刀とはいえ、
「飛び斬りはとかく、近間でなければその抜刀は力を
お陰で寸でで身を引けた。
だがしかし、刀が掠めたその瞬間、全ての熱を持って行かれたように
一刀斎は息を吸い、再び身体に熱を起こす。
気を抜くな、目を見張れ、針の
わずかな
甚助の速さを、越えろ!
「
「
冷たい気配を感じるたびに、
互いの距離が三尺を切るたびに、
冴え渡った剣の閃きを避けるたびに、全身を
袖を
無論両者の武器は刃挽き刀、斬って裂かれはしないだろう。だがしかし、甚助が放つ
攻めあぐねている理由はそれだけでは無い。
「
「
迫る一刀斎に対して
またも寸でで回避した一刀斎は片手で肩へと切っ先を伸ばすが、甚助はさっさと飛び退いた。
この通り甚助は、一刀斎と剣を
あの
しかしそんな疑問さえ、一刀斎の頭には浮かばない。一刀斎の意識は己の内に向ける余裕は寸分もなく、いつあの斬撃が飛んでくるかと甚助の方へと向いていた。
飛んでくる。その形容は
気が休まらない。気が
己に剣撃の
精神的優位に立っているのは、間違いなく甚助の方であった。
甚助の姿が大きく見える。柄が
いつまた
(羨ましいくらいに、
肩で息をしたい気持ちを抑え込み、ごく浅い呼吸を繰り返す。
甚助の
それに
だがしかし、張り詰めた意識は
残る活力を振り絞り、全力を込めて蹴り出した。
まさにその時。
「ぐっ……!?」
散漫としていた。いつの間にか
痛みさえ感じる
しまったと思った時にはもう遅い。一刀斎に
全身の毛が逆立って、
甚助にとって一刀斎が生んだ隙は、充分すぎるほどの
星が、降る。
「
これで
気が
これで終いかと、
――――瞬間。
「ッ
「っ……!?」
即座に飛び退いた甚助を、一刀斎は追わない。その目は未だに、瞑られていた。
この中の何人が、刀と刀が打ち合って、火花が散った
一刀斎は目を閉じながら、甚助の打ちを、捌いて見せたのだから。
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