第十話 喜楽と無喜楽
「ではこれより、
枯れているが、広い
声は初めて聞いたが、その
巫女の頭というのはどうも、時として神主さえ
手はずは、直前に文官らしき尾張兵から聞いていた。
一刀斎は立ち上がり、
白布の中心から
一刀斎は黒線の手前で足を止め、座して拝殿の方を向いた。
ちょうど、その時。
「…………お前が残ってきたか」
「やはり、と枕に付けてそのまま返すぞ、
鏡合わせに座った甚助に、声をかけられる。
相変わらず声は雪の降る音のようで、
あちらも心を
「
「…………温まる?」
なにか、気に掛かったのか。甚助の声音がわずかに跳ねた。
境内には
「…………先日も告げたとおり、戦う用意は、常にしている。特別な用意は、
「ふむ、そうか。
「………………つまらない、か」
くるりくるりと、巫女達が踊り舞う。その手には
「なら、聞こう」と、鳴る鈴にもかき消されそうな
「剣とは、面白いものなのか?」
「無論だろう」
なにを訊くかと思ったらと、一刀斎は
一刀斎にとって、剣とは己が進む道だった。
刀を振るのは、日常だった。
強者との戦いは、
戦いの最中は肝が冷え、楽しむ余裕などない。早く終われとも思うし、
だがしかし振り返れば、己の全てを使い果たした身を温める立ち合いの熱は、一刀斎にとって至上の
そして元より一刀斎には、
「お前は、楽しくはないのか」
「――――はて、な」
間の空気が、変わった。先日と同じ、果てしなく広がる
ただ
少なくとも、剣に対する
今までの武芸者とは、毛色が違う。一刀斎が相対してきた武芸者はみな、己の武に
強い想いなくしては、あそこまで技を鍛え上げ、研ぎ澄ますことなど出来はしないはず。
だがしかし、あの圧倒的な
「一つ、訊いてもよいか」
甚助は口で答えず、澄み切った黒い目で一刀斎を
「お前は、なんのために剣を振るうんだ?」
目の前で繰り広げられる神楽は、
気配に聡い一刀斎は、熱田神社全体に、澄んだ
「…………なんのために、か」
しばし、神楽に見入っていた。それでも甚助の小さな声を、一刀斎は聞き逃さない。
いや、聞き零すことなど出来なかった。
この清い空気の中で、甚助の声は浮いていた。
「…………
瞳の黒みがいっそう増す。
自分らのいる
――――ここは既に、戦場となった。
「…………吾はただ、身にたった一つ残った
それと共に、吹き荒んでいた吹雪が止んだ。
しかし
そして――――。
「…………吾は一度たりとも、武を愉快だと思ったことがない」
「――――」
その言葉に、思わず一刀斎は
浅野甚助という男は、武を楽しんだことがないという。
あれほどの
ならなぜだ。なぜこの男は、あそこまで抜刀の技を身に付けられたというのだろうか。
一刀斎は音を立てずに、ひっそりと呼吸する。
先の雪風の気配で乱れた炎を、正すように。
そうすれば、自然となにをするべきか。否、「なにをしたいか」が浮かび上がる。
巫女達が一例をして、袖の方へと去って行った。
一刀斎は、それを見送り。
「――そうか、ならば」
一刀斎も、いつもと変わらぬ
「今日初めてお前は、剣を楽しむことになる」
「…………な、に?」
「おれが、剣を楽しませてやろうと言っている。待っていろ、浅野甚助。
「いやあ、良い舞だったがや!」
神楽が終わるや否や、舞台に上がったのは
その
そして舞台の中心には、熱田神社の次期大宮司である
「どの巫女達もでら美しいもんだで、つい
はてさて、開始の合図を出すはずの男は、既に散った巫女達に執心の様子。長かった鼻の下が余計に伸びていて、スケベ心が丸出しであった。
女を見るだけで、よくあそこまで
「そうなんですっ。
「いやあ本当に、お次の宮司様が羨ましい……!」
意味も分からず
そんな藤吉郎に対して、半兵衛が肩を叩き、もう片割れが咳払いをした。
「藤吉郎。そろそろ――進めてもらって良いかな?」
「お、おうっ!?」
ニッコリと笑う半兵衛の顔は空恐ろしい。あれも一種の
冷や汗を流した藤吉郎は、喜七郎の肩からバッと手を離して舞台の下、一刀斎らのいる境内の真ん中にその
「それでは
言い終わるのが遅かったか。一刀斎と甚助は同時に立った。
ようやくか、待ちくたびれた、さっさとやれとでも言いたげな早さに、藤吉郎は
「待たせてすまんかった。ここから先は一騎討ち、邪魔する者は誰もいない。しかし誰もがその目でしかと見る。天の神や海の神、
えらく堂に入って調子の整った向上を上げ、「では」と片手を上げる藤吉郎。
一刀斎と甚助は、共に腰の刀に手を掛ける。
扱うのは
「
藤吉郎が生んだ
「――――勝負ッッッ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます