第四話 遥かを望む
「面白いですよね? ここに初めて来た方は、
「む、
つい昨日、この熱田神社で出逢った顔である。まだ幼い
立ってるだけでゴミが入りそうな思うほど、目がパッチリと開かれている。しかし
「ですけど、
「……まあ、海には色々と
「まあ、ではお好きなんですか? 海」
「嫌いだ」
「…………え」
だが仕方ない。一刀斎は船から叩き落とされて、海で
だから、逆に気になっていた。
「なぜ、この神社は人の方ではなく海を向いているんだ?」
「え、ああ、そ、それはですね」
コホン、と咳払いと共に気持ちを
「……この熱田神社が、
「確か
それは
鳴子は「その通りです」と、頷いた。だが。
「ですがその剣は、かつての
「――――なに?」
源平の戦。それは一刀斎も記憶している。かつておきた大きな戦だが……。 …………その内容はサッパリ忘れた。
だがしかし、その折に海に沈んだというなら、祀られているというのは、いったい。
「
ないのか、と言いかけた時、鳴子はそれを制止するように首を横に振る。その表情はとても穏やかで、
「私も、
でも。と言葉を紡ぐその小さな
「大切なのは、伝わる
「――――」
ものがあるか、ではなく、ものを信じる心が持てるか。
その
刀を持っているだけでは、武芸者ではない。刀を扱う、「心」があるから武芸者となる。
もし刀を手放したなら、己は武芸者とは呼べないか? その答えは「否」だろう。
身に
乗せる剣が無かろうと、放つことが無かろうと、存在しない、わけではない。
「……っとと、話が逸れてしまいましたね。先も言った通り、
「……ほう、なるほどな」
「そう、
「…………子への
巫女の気質なのはともかくとして、やはり調子が良いらしい。
一刀斎が通されたのは、昨日と同じ
「
出されたのは
「こんにちは、一刀斎さん!」
「ようこそいらっしゃいました、
この神社の次期大宮司である喜七郎と、その母、太阿である。
「春丸から聞きました、一刀斎さんも
「うむ、そういうことにした」
喜七郎はどうやら、剣技に興味があるらしい。いや、剣技だけではない。武術や、あるいは武、そのものに好奇を寄せている。
さすが剣の宮の
「そういえば、海を見ていたそうですね。武芸者様はすぐお参りに来るのですが、外他様は、少し変わっていますね」
「それは鳴子殿にも言われたな。なんとなく不自由だなと思ってな。
「でも、安全ですよ?
「いるところにはいるぞ」
その罰当たりなお人のお陰で伊東の地を離れた自分が言うのだから間違いないと、一刀斎は力強く頷いた。
しかし太阿は「そんなまさか~」と
そんなところに盗みに入るのは、どんな
「ところで、一刀斎さんはどこで剣を覚えたのですか?」
「
「まあ、外他様は神社に縁がお有りなんですか?」
「というか、その一年は神社に
腰から外した甕割に、そっと目をやる。長らく
「神刀……では熱田大神様と同じなんですね!」
「さすがにそこまでの
目を輝かせる喜七郎を見て、興が乗った。
一刀斎はかつて自分がそうされたように、甕割が持つ
一刀斎は語りは上手くない。ただ言い切り口調で、装飾も誇張もなく聞いたままを伝えるだけで面白味に欠ける。
だが喜七郎は、心を前のめりに、耳を傾けていた。まぶたを大きく開かせて、じっと聞いている。
そして来歴を語り終えれば、無邪気に手などを叩いてみせた。
「すごいです! そのような
「俺は
「それならご安心ください、当日には木刀や
「そうか、助かる」
「そうなのですね……」
興味を抱いた太刀を見られぬのかと、喜七郎は沈み込む。
甕割を振れぬのは、一刀斎にとっても惜しいところがある。だがしかし、それでも神の
どうやら海や船だけが己の弱みではないらしいと、一刀斎は心の中で軽く溜め息を吐く。
丸まった喜七郎の背中を、太阿はぽんっと、撫でるように優しくたたいた。
「そう気落ちするものではありませんよ。技競べで見るのは刀ではなく、参加する方々の武の腕なのですから。……さあ、そろそろお勉強の時間ですよ。
「はい、分かりました
さっきまで気落ちしていた
襖の奥で控えていた、巫女上がりらしき女房が喜七郎に付いていく。おそらくあれが山路であり、喜七郎の教育係なのだろう。
「喜七郎は、本当に武を好むのだな」
「……はい」
太阿が、我が子が消えた方を
武を好むという言葉で、その
「…………外他様は、聞きましたか? あの子の父の
「それならば
「ええ、その通りです。千秋家は元は武士ともいえる
一刀斎が思い出したのは、自ら光を発しているかのように、
武に強い興味を示す、
「……実は私は、四郎様の死後は、喜七郎を連れて実家に帰っていたのです。ですが、
一度言葉を句切り、太阿は呼吸を
「……私は正直悩みました。しかし喜七郎自身が、「剣の宮に興味がある」と言ったので、私はそれに応じた次第です」
親の心子知らずとは、この事を言うのだろう。とはいえ喜七郎は
まことに、母というものは偉大だと思い知らされた。
己の
伊東でとじから厳しく育てられた一刀斎としては、もう少し圧をかけてもよいのではと思うが、喜七郎は子どもらしい
そういう子をきつく叱りつけるのは、不必要だとも思う。実際、喜七郎は
「おれは経験がないが…………ままならんようだな、子を育てるのは」
「ええ、ままなりません。ですが、楽しいものです」
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