第五話 尾張の将
もはや年の瀬、今年最後の
白い息が口から漏れる。
「……む」
その風に逆らって行く三人の集団とすれ違った。鋭い目付きに鍛えられた肉体。そして立派な腰の刀。間違いなく武芸者だろう。今日だけで、八人目だ。
武芸者の数は日に日に増えていて、
武芸者達の目的は、
一刀斎が門前町に来てから三日目、技競べを明日に控えたこの街には、
中には
一体どれほどの武芸者が現われるのか、今から楽しみでならない。
少なくとも、一人は
「…………おや、お前さんは」
「ほう、また会ったか」
京で何人もの武芸者と相対してきたが、彼のように居合の
年の頃はまだ
「…………
「うむ。ここ数日会わなかったな。広い町だが、行き会わないほどではないはずだが」
「…………目立つのはあまり好かない。武芸者も増えてきたから、紛れられると思った。それまでは、街の片隅にあった
「この
「…………これぐらいの寒さならば、
そういえば甚助は、出羽の生まれと言っていたか。
東国、
さらに言えば甚助は
どこか、甚助の
「ふむ……鍛練はどうしていた?
「…………戦いとは、常に仕上がった時に起こるとは限らない。むしろ
「確かにな」
自分も一寸前まで予知していなかったのに、いきなり戦うことになったのは
しかもそう語る当の本人こそが、先日往来の中で
「それに」と、甚助は言葉を続ける
「
「……なるほど」
甚助は、
刃圏を活かすのであれば、相手方が使っていた
だがしかし甚助は、相手の間合に踏み込んでから抜刀した。しかも、しかと物打ちに当てていた。
一刀斎が思い出したのは、新当流の
三尺の間合、
甚助も鹿島香取で剣を学んだと言うし、似た
「ただの抜刀動作を、技として扱えるまで練り上げるとは、よほどのこだわりがあると見えるな」
「――――こだわりか」
それまではゆるりとしていた間が、今度はピンと張り詰めたものに変わっていた。
今まで
それらが意味する
「…………では、また会おう」
「――――ああ、そうだな」
しかし一刀斎は、その理由を
ならばこれ以上、語らうことはない。
その背にどんな道が広がっていようとも、それを知ったとしてなんになろう。
大切なのは、今なのだから。
「これまた、大量だな」
背に海が広がる大鳥居の前には、多くの武芸者がひしめいていた
見る限り、
これが全て、熱田神社の
腰に
集団の傍らを見てみれば、神社の
しかし、番兵らの中には「神社の者以外」が交じっているらしかった。
装備や恰好は番兵らと変わらないが、纏う雰囲気が異なった。
役目上、「守」に重きを置き、周囲からの意を受け止める番兵と違い、能動的にこちらに意を
一刀斎も少し気になったが、そちらではなく番兵達を見渡した。
(……春丸がいないな)
ここにいないのであれば、
東の空では太陽が、重たい腰を上げていた。ちょうど朝と昼、
言葉を交わしていた武芸者達の声が次第に小さくなっていき、とうとう誰も喋らなくなった。
瞬間。
――パァァン!
「な、なんだ!?」
「なんの音だ!?」
鳥居の前で、唐突に
なんの
その
一刀斎は、音の方へ目をこらす。
よくみれば鳥居や鎮守の森が、白んで見える。……
煙と火花、要するにこれは――花火?
「ちょ、これいかんかあ! お、多すぎだがねー!!」
鳥居の影から、何者かが大慌てで飛び出した。
番兵達が動かないということは、技競べの
躍り出てきた男は黄染めの羽織を脱いで真っ白な煙を
「わぎゃー! 煙が目ぇにー! げっほ! おえっほ!!」
などと愉快に叫んでいるが、その煙は次第に空の方へと立ち消えていく。
煙の中から現われたのは、頬の痩けた男だった。額は広く鼻の下が長い。煙でしみたその涙目は
「ああもう! 誰だがや花火使おうなんて言ったのは! ……俺か!! 次からは気をつきゃーいかんがこれ!」
……火花は海風で
武芸者達はぽかんと、猿顔の男を呆然と
「は、こりゃあかん」
ひとしきり、独り言を
細い体に羽織は
さっきの
(……うん?)
一刀斎ははたと気付いた。ピンと張っていたはずの空気が、いつの間にかたゆんでいた。
前を見れば猿顔の男は、納得したように
(緊張をほぐすためにやったのか……?)
いやまさかな、と一刀斎は首を振りかけたが、それでもやはり、その表情が気になった。
猿顔の男は、ゆるりと武芸者を右から左、前から後ろまでざっと見た。
「こりゃーだいぶたくさん集まったがや! 信な……
織田尾張上。目の前の
当然だろう。この熱田神社は織田尾張守に
ある意味で、この場にいる大部分の「目標」であった。
その「目標」の名を口にしたと言うことは――――。
「では自己紹介だがね! 俺は
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