第二十三話 ケイ
その勢いは、野太い竹さえへし折った。
腹の肉が、
だがそれを生んだのは、ただ腹に添えられただけの
大きく振るわれていない。拳の形すら取られていない。
力みすらなく、そも、動かしすらしていなかったように見えた。
そしてこの
「ぐ、うぅ……!」
「……
よろけつつも立ち上がる一刀斎を目にして、珍しく不機嫌そうに呟く博士。
「なん、だ、今の力は……」
「ああ、
「
大陸。話に聞いたことはある。
「ええ、私、故あって
博士が竹に触れるや否や、なにかに押し出されかのように竹は激しくしなる。いや、もはやそれはしなって力を受け流すと言うより、
「
博士の言葉を、一刀斎は
力を込め、相手に打ち付ける。それは常にしていること。だが、なにかが絶妙に噛み合わない。
字が多さは表すものの多さである。
それはかつて、己にある程度の学を叩き込んだ女に教わった言葉である。
字を知り、目で見て、内に修める。そうして初めて理解したと言える。
――ならば。
――勁とやらを見切り、対応する。
この日の本だけに、技が有るわけではない。この日の本の技だけが、世の果てまで広まっているわけではない。
人がいれば
ああ、それはなんて。
「……なにを、笑っているんです?」
「いや、お前をどう斬り捌くか、考えていただけだ」
胸が高鳴ることなのだろう。
その技を食らい、
「はあ、そうですか。やはり武芸者というものの考えることはサッパリ分かりませんねえ!」
うるさい黙れ。頭はただ
「フッ!」
右から飛んでくる拳を寸でで
相変わらず攻め気が読めない。
心を離れたその技は、自由にさえ思う。
「大した
「ええ、ここまで
「――――なに?」
「そうは見えんな――!」
四十年鍛錬したなら、五十六十にはなってるだろう。
だがどう見積もろうと
飛びかかる方へと
「ええ、天竺で少々!」
しかし牽制の一撃は
「陰陽術の次は、
軸足に芯を立て、振り向き様に薙ぎ払う。しかし
懐に入られる前に軸を入れ替え蹴りを入れれば、
「あながち間違いではありませんね。仙術の
激しい動きをしていながら、博士は一切息を切らしていない。面で
体力が無尽なのか。それとも
「クンッ!」
一間以上離れた距離から、縮地の如く迫る
「
「なに……!?」
博士の身が沈むと同時に突かれ切った拳が伸びる。当然振りが
轟く。それはもはや例えではない。
撃ち放たれた後だというのに、未だ残り響いている。一刀斎の知る
だがこの勁は毒でも流し込まれたかのように、臓腑や肉に痛みを残す。
――ああ、文字通りそうなのだろう。勁とは力のように打ち付けるのでなく打ち込むものなのだ。
乗せた力を矢のように射出する。それが、勁。なるほどつまり。
「勁とは、竹か――」
「ッ!!」
ピクリと、固まったまま動かなかった博士の口の端が動いた。
竹を振った時の感触を、一刀斎は思い起こす。
竹は、節で力を生かしている。力を受け止めず、流している。己に生じた力を全て、飛ばしている。そうすることで我が身を生かす。
一刀斎は竹に
ただ、それだけではなかったのだ。もっと竹に倣うべきだった。
竹はその身に生まれた力を、全て外へと流していたではないか。
「勁とは力の、使い方か。力自体を得物として振るう。それが勁か」
「――――いやはや、これは。私も長く生きてきたが、貴様ほどの逸材は初めてだ。
博士は
――初めて声に、色が付いた。純粋になるまで混ぜ込まれた、雑多な負の色。
「
「
棘を生やした悪感情の
集約するならば、たった一言で済む感情。
――――「
「武の申し子。武を成すためだけに生まれてきた存在。つまり貴様は武しか行えない。――斬ることでしか生きられない。
博士の手が、張り付いていた面を外す。
面の内側は、恐ろしいほど端整だ。額にも、目尻にも
しかし、顔の下半分と多少なりに
上を向いた月のように吊り上がっていた口は、今度は真逆。強く結ばれた口先に従って、両の口の端はそれぞれ下を向く。
そして――――。
「……人が何十年と重ねた技を二合で見抜くその
――露わになったその瞳は、人のものではなかった。
横に潰れた瞳は、
黒か
「その目は――」
「僕はこの目のせいで、
己の額を震えるほど握り込み、歯をギリギリと鳴らす。
先の
思わず全身から脂汗が噴き出して、今まで引くことが無かった
「なんとか生き延びて明の国に辿り着いてね。そこで、この目に渾名を付けられたんだ。それ以来僕は、大嫌いなこの国での名前を捨てて、それを名乗るようになった」
キリと二つの――否、四つの瞳でもって、一刀斎を睨みつける。
「――改めて、自己紹介だ。
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