第十一話 あちらとこちらの境界線
「へえ、お兄さん武芸者様なんだ。
「東に向かう旅の途中だ」
「ぐぬぬ……」
尾張の
種の蒔かれた
この通り、旅の者に
「ただ、
「へえ、そいつあすごいな。知り合──」
「織田様と知り合いなの!?」
千治の
名は穂波と言うそうで、
「知り合い……まあ、そんなところだ。京から出る時に
「直接誘われるって、そりゃあ兄さんだいぶ……」
「すごく強いのね、まだ若いのにすごい!」
「ぐぬぬぬぬ……」
気のせい……ではないだろう。一刀斎が穂波にほめられる
はてさてこれは、とさっき
「お父さん、この人に用心棒を頼んだらどうかな。この村にも「
「かげぬい?」
聞き慣れぬ言葉に聞き返したが、いきなり名を呼ばれた
「この村に影縫!? ないない、それは絶対にないって穂波ちゃん!!」
「なんで千治さんが
「あーえっとそれは……。とりあえず、こいつは俺のところで用心棒になってもらおうと……」
「もう草間屋さんにはいるんでしょう? それともなに、この村はどうでも良いってわけ?」
「そ、そういうわけじゃなくて……、あ、そうだ。
「私はこの人がいいんだけど」
「ぐぬぬぬぬぬぬ……!」
しどろもどろになる千治を言い負かす穂波。しかし、意外であった。
街ではあれほど
それはとかく。
「その、「影縫」というのは?」
「近頃街の方に出るという、
一刀斎の
「影縫とは通り名でしてね、月明かりのない夜、
目を泳がせながら、
「なに、盗みに入られたのは街でもあくどい
千治は商人、それも街でも名の有る
「街を
「千治……」
どうやらただの遊び人のように見えて、その内には
彼が街の人々に好かれるのは、単に話が上手く人好みする性格からくるものだけではないようだ。思えば他人の顔を覚え、他人に合わせて話を変えることができる者の根が真面目でないわけがなかったか。だがしかし、そんな
「だから、影縫がこの村に来ることは絶対にないから、安心しなって穂波ちゃん! 心配だってなら、今日は俺が泊まって──」
「え、やだ……」
あえなく、バッサリ切り捨てられた。
「本当に、街の方に行くの? この村なら
「む、そうか?」
「大丈夫だよ兄さん、宿は俺が紹介してやる。そこなら俺のツケが
「そうか……なら頼もうか」
千治とこの村。居心地が良いのはこの村だが、ここは千治の言葉に甘えることにする。
穂波がじとりとした目で千治を
「はあ、なかなか上手くいかねえなあ……」
「穂波殿のことか?」
浮かない顔で溜め息を吐いた千治の方をあえて見ず、前を真っ直ぐ見遣りながら訊いた。
すると千治は「やっぱ気付いたか?」と苦笑する。
「穂波ちゃんとは子どもの頃から知り合いでさあ。気が強いところがあるけどそこが良いんだよなあ」
「穂波殿だけじゃないな……お前、街よりもあの村の方が好きだろう」
「わお、なんでもお見通しかい? やっぱり武芸者ってのは
「気配を読むのは、昔からの
だがそれ以上に、村で種を蒔き、共に粟粥を食らいながら話をしていた時の方が気が
街にいた時に生じていた感情が「
享楽は身を燃やす
根が明るい奴は前者を選ぶのだが、どうやら、千治には
「……村には、
だけど、と千治は言葉を続ける。
「街は、確かに良いとこだ。仲間も良い奴も多い。だけどさ、
「村が良いのは、結局は穂波殿がいるからじゃあないか? 惚れているだろう」
「ああ」
一刀斎の訊いに間も置かず、ハッキリと答えて見せた千治。街で見た、女相手に
「……昔は仲がよかったんだけどなあ。街で女の子達と遊んでるのがバレててさ……穂波ちゃん、
「
「バレて避けられるようになってからなんだよー! 穂波ちゃんのこと気になり始めたのは!」
「失ってから気付くこともあるものだぞ」
ふと思い出したのは、京の外れで
「……兄さん、もしかして意外と
「女を知らぬ訳ではない」
三度となく女と情を交わしたこともある。全て同じ相手ではあるが。
そういえば彼女と
「まあ、兄さんも
「どうかな……女が寄り付いた覚えはないが」
その目が武術ばかりの方を向いて、近づいた女に目もくれていなかったところもあるのだが。
「──恋は、いいぜ」
ふと、千治が口を開く。
「女遊びとは、違うんだよ。一人思う女がいるってのは。あっちが俺を見てなくてもさ、俺だけのものでもいい。恋してるだけで、十分心地良い。……いや、本当は見てほしいんだけどよお」
女にも見える
日は徐々に、赤みを帯びる。しかし空は、まだ青い。
「この宿でいいか? 俺がいっつも使ってるとこだ」
なんでこの街に住んでいるのに宿なんか使っているのか。と気になったがあえて聞かず。
寝られればどこでも良かったし千治のツケとのことなので二つ返事で
千治が
連れられた部屋は
「ふう……」
畳にゴロリと寝転べば、
外を見ればまだ日は残っているが、もう空は茜色である。
寝てしまおうか──。
そう思ったなら最後、一刀斎の頭と体は全力で眠りに行く。一度決めればそのまま進む素直さは、一刀斎の内側にすら向けられている。
……のだが。
「……む……」
部屋の外に、人の気配を感じとる。
さすがの一刀斎。いくら眠りについたとしても自身に近づく気配には
腰から抜いた
すると、戸がするりと開き──
「……あなた、誰?」
「……それは、こちらの言葉だが?」
見知らぬ女が、入ってきた。
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