第十二話 昏い夜には
「はあ、なんだ、
「ああ」
胸を撫で下ろす女を尻目に、窓の外をぼんやりと見る。日が落ち始めていたが、まだ街に活気は
「いっつも千ちゃんがいる部屋に明かりが付いてたから、てっきりいるのかと思ったわ」
「千治じゃなくてすまんな」
どうやら、この部屋は
部屋の
だがしかし、自分にとって初めて「女」を知った場所を思い出し、頭の前が痛んだ。
「……千治とは、長いのか?」
「そうねえ、
「それは意外だな」
女によく
「千ちゃんの家ってこの街でも指折りの商家なのよ? だからお金目当ての子じゃないかとか、
「まあ自分も最初はお金目当てだったけど」と
「千ちゃん、ネズミって呼ばれてるでしょう? それも、あながち間違いじゃないと思うのよねえ。ほら、ネズミって危なかったらすぐどっかに逃げるでしょう? 本当に危ない相手には絶対に絡んだりしないもの、千ちゃんは」
「ふむ……」
お気楽そうに見えたが、どうやら悩みは多いらしい。
いや、悩みがあるからこそ、ああやって遊び、不安を晴らしているのかも知れなかった。
ふと
とはいえ、複数人の女と
「そうだお侍様、千ちゃんの代わりに、今晩相手してくれないかしら?」
「すまんな、俺も……そういう気分ではないからな」
「あらそ」
千治と同じであったばかりの女とは寝ない、と言いかけたが。思い返せば出会って
だがあえなく
恐らく千治も、金目当てというだけでなく、
「それじゃあ私は帰るわ。楽しかったわよ、お侍様と話すのは新鮮で」
「おれも千治のことが知れてよかったよ。さらばだ」
女はさっさと、部屋を出ていった。一刀斎はその背を見送ることなく、軒越しに夜空を見やる。もう晦日に近い月は、今にも消え入りそうな姿を羞じるように、月の薄衣で身を眩ませていた。
どうやら今夜は、月明かりの少ない夜になりそうだ──。
「ただいまーっと。千治が帰ったぜ~」
「あらら、お帰りなさい千治さん。本当に早いですね」
「はは、槍でも降らなきゃいいんがねえ」
最近入った
普段なら少なくともあと一刻は遊ぶのだが、一刀斎という新しい刺激を
「……うん?」
屋敷に上がろうとした時、見慣れない
普段からよく歩くのだろう。だいぶ使い込まれている。だがしかし、
履き物を見れば相手が誰かは大体分かるというのは父の教えだ。漁師のものは塩が
だがこの草鞋は、どれでもない。しかし、見たことがないわけではなかった。
千治はさっさと
さっと
「…………千治か。今日は早いな」
「おやおやこれは千治殿! 久しいですなあ! 一月ぶりですかな?」
無表情でも頬に
「あんた、なにしに来たんだ」
「千治」
挨拶もなく
「私も旅の身ですからねえ。各地の情報を縁ある旦那様にお伝えしていただけですよ。情報が大事なのは
この男は、
「まあ、私もお伝えするつもりだったことは
「いや、博士もなかなかの聞き上手ですとも、一度話すとなにもかも喋ってしまいそうになる」
「ですがさすがの旦那様。大事なことは決して漏らさない! 商いをする相手であれば、旦那様はこの上ないお方でしょう」
誉める、というよりもはや
脳ではない、心が言っているのだ。この男は信用できないと。
「しかし長く居すぎたのも事実です。私はそろそろお暇いたしましょう」
「おや、そうですか……では」
千治の父に一礼すると、博士はすっと立ち上がる。妙に整った所作だ。広がった
とっとと出ていけと言わんばかりに、あからさまに千治が
「
すれ違い様、千治だけに聞こえるような声で、呟いた。
「────」
「千治」
博士が角を曲がり消えてなお、進んだ方をジッと睨み付ける千治だったが、父に名を呼ばれて気を取り戻す。
「親父、あれは信用ならねえ。次に来ても上げることはねえぞ」
「そういうな。俺も、信用しきってはいない。博士殿からはそういう「臭い」がする」
その答えに、目を見開いて父親を見た。しかし驚くまでもないかと、さっと肩を竦めた。
千治に「人の見方」を教えたのは何を隠そう父である。千治が感じている胡散臭さを、師である父が気づかぬはずがなかった。だからこそ、納得いかない。
「だったら。なんで近づけたんだよ」
「いいか千治。世の中は
肩を叩き、自室へと戻っていく父を見送って。
千治は空へと目を移す。
だというのに
「汚い部分も大事、か……」
千治もまた、自分の部屋へと戻っていく。
「わかってるよ、そんなことは──」
「む……?」
運ばれた食事─金は千治持ちらしい─を食い終え、この後のことを思案していた一刀斎は、外が騒がしいことに気づいた。
はてなにかあったのかと思ったところに、ちょうど
「これは、なんの騒ぎだ?」
「ああ、これですか。出たのは久々でしたからねえ。
「出た?」
いったい何が、と聞く前に。子どもらしい
「
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