第五話 牛童子
「そりゃあ、
「牛童子?」
村人たちが
村人たちが最後に
その理由を知らぬかと、
「この前、村にいきなり現れた大男だよ。武芸者の
「どのような奴だ」
武芸者の首魁。そう聞いた瞬間一刀斎の目がギラリと光る。まるで
しかし正禄は燃えた
「俺も
「
武器を持たない武芸者とは、今まで戦ったことはない。相撲は神社にいた頃村の子どもたちが遊びで組み付いてきたのを
「空拳でありながら、武芸者の首魁か」
実力があまりにも伴わ《とも》なかったとはいえ、あの武芸者崩れたちは武器を使っていた。いくら
しかしそんなことにはあいならず、その牛童子が上に立っていたということは
だがあの武芸者崩れの行動を見れば、その
つまりはいくら不自然だろうとも、「素手でも武装した人間を打ちのめすことができる」と考えるのが自然だろう。あの武芸者崩れにも息巻き
「……よほどの達者、なのだな」
「技だけじゃねえよ。あれは」
正禄の目が座る。頭一つ抜けた胆力を持っていた正禄でさえ、その牛童子を
「……あれは、
正禄の言わんとしていることは、察することができる。
あの村を
そしてその気質を表す瞳には、
戦いの中、血に
「……アンタもひとかどの武芸者だってんならわかるはずだ。人ってのはよ、平時は落ち着き払えるもんだ。痛え時は痛えし、怒りってもんを
一刀斎にも身に覚えがある。戦いに入る瞬間の、心臓が
戦い間は
しかしそれは戦闘のただ中の話であり、常からそうだということはない─気配を感じやすいのは常からだが─。
「……牛童子も、そうだというのか」
「あの馬鹿力は、そうだろうな。なんせ、家一つ潰せるほどだ。ここら
どうやらその牛童子というのは、よほどな存在らしい。
確かにあの異常な力と傷を受けようとなんともしない耐久力に、武芸者としての技倆が合わさればと思うとゾッとする。
それは、つまり。
「……どうやら、アンタも相当イカれてるらしいな」
「む、なぜだ」
さすがにあの連中といっしょくたにされるのは我慢ならないと、
だが正禄の瞳に映った一刀斎は、「超常を常とした
「……そういえば」
「どうかしたかい?」
一刀斎がふと思い出したのは、ここに来る前に訪れた
そこは豊穣祈願の相撲の最中、やってきたらしい「力士」がその
神を投げ飛ばすほどの、力士。それは、もしや……
「……いや、なんでもない。では、今晩は
「おう、河の向こうに用があんだろう。朝一で届けてやる」
「……そう、か」
どうやら、眠れぬ夜になりそうだ。
「しっかり寝とけ。さもなきゃ
「……分かった」
それでも、なんとしても寝付かねばならないらしい。
運の良いことに、秋の夜は長い。船に乗るまでの時間は、充分にある──。
秋の夜は長い。船に乗るまでの時間は
だがしかし
「さて、朝の水運が終わり次第向かうぞ。準備はいいかい」
「
お陰で余計に不安が
顔をより一層険しくした一刀斎は、
やはり、船は苦手である。これはなんとも治しがたい。
「大丈夫だよ、爺ちゃんは片腕だけど腕はここら
「バカ言え
それはどちらも同じではないか。ともあれ、腕は良いらしい。
とは言え、他者に命を預けるというのはなんとも慣れないものである。
意気を絞り出すように、甕割をしかと握り締める。十町ほど先の向こう岸では、いくつかの船が
その船の数も
「そ、そこの
「なんだぁ?」
「あれは……」
あまりに
後ろに首を回してみれば、その男はつい昨日、
あの村から走ってきたのだろう。顔を真っ赤にし、全力で駆けてきたのが一目見てわかる。
はてさてなんの用かと待っていれば、その男は一刀斎の元まで来て。
「あ、あんた、村に来い! 来てくれ!」
「
男は一刀斎の襟に掴み掛かりぐいと引っ張る。
その
昨日のあの泥のような不安が、よりどろりと
「あいつが……あいつがあんたを呼んでるんだよ! 昨日来た武芸者を連れてこいって! 連れてこなきゃ村の
牛童子、それは昨日正禄が語っていた力士であり、武芸者崩れの
お
「子を捕まえて
「あんたに人の心があるってなら、村に……」
「ずいぶん調子がいいなあおっちゃん」
焦る村人と一刀斎の間に入ったのは、正十だ。
「昨日は兄ちゃんのこと村から追い出したくせにさ。武芸者たち追っ
正十の言葉に、村人は口をつぐんでしまう。
確かにその通り、村の人々は一刀斎を
「さて兄ちゃん、尾張に行くんだろ。村なんて放っておいて」
「川を渡るのはしばらく後だ。少し行ってくる」
「はあ!?」
一刀斎の言葉に、正十と村人は目を
「な、なんでさ兄ちゃん、村にはなんの
「ああ、全くないな」
ならなんで、という
「おれと戦いたいという武芸者がいる。なら、行かない理由はないだろうよ」
武芸者にとって最も優先すべきは、己の武を振るうこと。
求められているならば、挑まれているならば、そこに
「すまんな正禄殿、正十、すぐに終わらせてくる」
相手は力士、
だがしかし、利がある程度で勝てるかどうか分からぬのが、仕合というものである──。
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