第四話 飢餓鬼

「お前ら、また来やがったのか!」

「いい加減にしておくれ! こちとら迷惑めいわくなんだよ!」

 もう夜になると言うのに、昼以上の喧騒けんそうを見せている。

 いや、元から小さな村である。昼であっても、人々の盛り上がりが天をひびかせることはない。

 そんな彼らをき付けるのは、この近くにたむろしている武芸者たちである。……だが。

「おうおう、相変わらず血気けっきさかんじゃあねえか!」

「俺たちがわざわざここいらの野伏のぶせども始末しまつしてやってんだぜ? その「お礼をしてくれ」って言ってるだけじゃあねえか? おん?」

「なにが野伏だ! もうここいらにそんなのはいないのは知っている!」

「んじゃあ、用心棒ようじんぼうだいだ!」

「掛ける戸もない用心棒なんて要らないってんだよ! 元々、あたしらにそんな金はないよ!」

 男も女もなく、棒の手やら漁具ぎょぐ、更には古びた刀槍とうそうを出し、いさましくも剣や金棒を持つ武芸者に立ち向かう村の人々。

 ものじした様子はないが、すっかり頭に血が上ってるのが目に見えた。

「なんだ、お前ら、また痛い目見たいってのか!?」

 金棒を持つ男が、傍らの家に思いきり得物えものを叩きつける。見るも無惨むざん戸板といたくだけ、屋根がわずかにかたむいた。

 それでも村人たちは引くことはない。むしろ、村の一部と言える家を壊され更に目をいていた。

「しょうがねえ。金がないってなら女子供を売るしかねえな。邪魔する男は五、六人ノしてもいいだろう!」

 武芸者──否、もはや野伏と変わらぬ武芸者崩れだ。

 一人の男が携える金棒を指揮しきぼうのように前へ振りだし、一同に「やっちまいな!」と声を張る。

 それを皮切りに、武芸者崩れと村人たちが衝突しょうとつした。

 といっても、数の利は村人達の方にあるし、男たちは徴兵や落武者狩りも行った者共である。そう遅れを取ることはない──はず、だったのだが。

「ぐわぁ!」

「なんなんだよ、くそったれ!」

 取り囲んでも、抑え込んでも。

 殴り付けても、打ち付けても。

 武芸者崩れは一切いっさいひるまない。抵抗ていこうされてもまるで楽しんでいるかのようにあしらって、受けた攻撃など蚊に吸われた程度にしか思っていないのか。

 動じることなく哄笑を上げながら村人たちをめためたと打ちのめしていく。

 この惨事さんじは、もはや三度目。だが村人たちとて引くつもりはない。ここは伊勢いせ美濃みの尾張おわり折衝せっしょう地帯ちたい幾度いくどとなく戦に巻き込まれたが、そのたびに盛り返してきた。

 それだけではない。川に挟まれたこの土地は何度なんども川の氾濫はんらんった。しかし決して逃げることなく、この土地に根をしたのだ。

 他の村は神にすがったり仏に祈ったりと逃げてばかり。だが自分等は、決して逃げないと、手を取り合って乗り越えてやると結束けっそくしていた。

 だからこそ、武芸者程度に負けてたまるかと何度でもいどみかかる。例え村がなくなろうが──。

「このぉ!」

 一人のもりが、たまたま武芸者崩れの目に刺さる。当然とうぜんつぶれて、血がドロリと流れ出る。

 しかし。

「おうおう、痛えなあ」

「なん……」

 目を刺された男は、痛いと言いつつまるでもだえる素振りを見せない。ニタリと笑って、村人を見下ろした。

「ふへへへ。人に痛い思いを、させちゃあいかんよなあ!」

「どの口が……!」

 抜かしかけた腰をいれ、キリとにらみ返す。さんざ痛めつけてきたのはそちらである。

 本当に、武芸者と言うのは──!!

「片目がダメになっちまったなあ……お前の目ん玉、代わりに寄越よこせよう。なに、頭潰せば、もういらないだろうからよう!」

 びょうを打ち込んだ棒をかかげ、鬼のように笑う武芸者。村人は、「ここまでか」と目を閉じる。

 ──その時。

「なるほど、頭がなければ目はらんか。なら、そのくびててやろう」

「な────」

 何者だ。武芸者は、その一言ひとことが発せなかった。

 喉から声がでない。いやそもそも、喉が、ない。

「なにやら不可思議ふかしぎな連中だが、首を落とせばさすがに死ぬか」

 村人が、目を開ける。

 するとそこに立っていたのは、夕暮れ前に川を渡ってきたらしい武芸者。

 黒い羽織に身を包んだ、浅黒い肌をした六尺ろくしゃく五寸ごすん偉丈夫いじょうふ

 腰に一振り刀を差した、自分らがにくむ、武芸者そのもの。

 奥歯を噛み締め、ジッとめ付け。

「あんた、なにしに……」

「武芸者がやることなぞ一つだ。──腕試しだ」


「なんだあ、あいつぁ?」

 ある男は、地面に叩きつけ、動かなくなった男を踏みつけていた。

「あの形、武芸者じゃねえか?」

 ある男は、髪で引き回した、女をほうり捨てた。

「善人気取りかあ? はは、武芸者の分際でよう」

 ある男は、くびをへし折ろうとしていた子どもから手を離した。

 乱暴らんぼう狼藉ろうぜきを働く武芸者崩れを見て、一刀斎はつまらなそうに鼻を鳴らす。

 自分も武芸者だ。こうして好んで人を傷付ける趣味こそないが、武を振るう最中、人を不幸にすることもある。

 それ故、生き死に殺しにとやかく言うつもりはない。

 だが。

「貴様らは……なぜこんなことをしている?」

「なんでだあ? 武芸者だからに決まってるだろう!」

 一刀斎のいに、武芸者崩れが顔を真っ赤にして答える。それは怒りの赤ではない。ただ、高揚こうようの赤。思いたかぶり、全身に燃える血を浮かばせた赤。

「武芸者ってのは世に自分の武を知らしめる存在だぜ? 己の技を他人にきざみ付ける! それが武芸者だろうがよ! なあ、違うか、違わねえだろ、なあ!?」

「いや、違うだろ」

 寸毫すんごうの間もなく返された言葉に、武芸者たちも村人たちも呆気あっけにとられている。

 落ち着き払った一刀斎のその言葉に、熱は乗っていない。冷然れいぜんとして、毅然きぜんとして、武芸者崩れを、しかと見て。

「知らしめる世を荒らしてどうする。刻み付ける他人を殺してどうする。皆殺しにしたら最後、誰もお前の武なぞ知らん世になるだろう。こっちも迷惑だ、止めろ」

「なんだあ、テメエ? 俺らの邪魔をしようってのか、おう?」

「ここの連中と同じく、きゅうえてやる必要があるか?」

「灸にしては火が強いな」

 辺りをざっと見渡して、ボロボロになった村人たちを見やる。その目は一様いちように死んでない。むしろ、一刀斎をも武芸者の一人として見なしてすらしている。

 ……どうやら、村人の心配はらなそうだ。

「減らず口を叩きやがって……その大口おおぐちを聞けなくしてやる! 行けお前ら!」

 男が指示を出すと同時に、「言われるまでもない」といった様子で集団からはじた武芸者が一人。大上段に構えた刀を、駆けた勢いそのままに一刀斎へと叩きつける。しかし。

フンッッッ!」

「ぐぇぁ!」

 その唐竹からたけりに乗り合わせ、鼻ごと額を二つに割る。ギョロリ、と目が動いた。

「勢ェェヤ!」

 まだ動く。そう判じた瞬間に、脇の下から刀を入れ、腕をスパリと斬り落とす。

 断末魔だんまつまを上げながら、男は肩から血を吹き出させあばれながら死んで逝った。──なにやら妙だ。

「次は俺だぁ!」

「ぐぬ……!?」

 今度かり来たのは、長鑓ながやりを持った男。

 ブンとしなりを上げる鑓は、一刀斎をしたたかに打ち付ける。その重さはよく力が乗せられたものである。足腰あしこしから来る力が、よく流れ込まれていた。だがしかし、それだけでは有り得ぬほどの「威力いりょく」を発していた。

「そら、どうし……」

 一刀斎をあざけりながら、続けて鑓が振るう男。見れば、腕はこれでもかとふくれ上がり、浮かび上がる血管けっかんゆびほどの太さがある。どう見ても、尋常じんじょうではない。

 それは、とかく。

やかましいぞ」

 一刀いっとう、振り下ろして鑓をて。

 二刀にとう、振り上げ鑓をはら退け。

 二刀のそのまま、エラから脳天までを断ち分けた。

 斬り飛ばされた顔の上半分。それと共に飛んでった目は、一刀斎を見下している。自分が死んだことも気付かずに。

 やはり、異様いようだ。

 この武芸者崩れども。「人」のていを成していない。

 力も、頭も、どこか人の範疇はんちゅうを越えている。だがしかし。

「粋がるんじゃあねえぞテメェエ!!」

 三人、てんでんばらばらで迫り来た。

 振り下ろされた金棒をかわしてはらわたごと胴を裂き、

 薙ぎ払われた槍をくぐって肋骨ろっこつごと肺を抜いて、

 刀が袈裟斬りに振るわれる前に両の腕を落としてやった。

「……技倆うでまえ平凡へいぼんだな」

 それも、あきれるほどに。数こそ数えてこなかったが、京にいた二年で一刀斎は数多あまたの武芸者と相対してきた。

 この男達は、その中でも下位かい下位かいだ。まるでごたえがない。

 こころざしひくさと心のいやしさから見れば当然だが、「臂力ちから」だけが不自然なほどに備わっている。むしろ、過剰かじょう

 一種いっしゅ不気味ぶきみさが、一刀斎の中にのこる。

 一方、武芸者崩れを一振りでで斬りにする一刀斎を見て、武芸者崩れ達も顔色を失っている。

「な、なにもんだ。あいつは!」

「ま、まさか……」

 武芸者崩れの一人が、手に持っていた刀を落とす。

 それに気付いた他の男が、「おいどうした」と掴みかかった。

「黒の羽織に、褐返かちかえしの小袖……それにあの、赤い日灼ひやけにひたいの打ち傷……! ま、間違いねえ。あ、あれは外他とだ一刀斎いっとうさいだ! たった二年で、京中きょうじゅうの武芸者をたいらげた奴だ!」

 外他一刀斎。その名を聞いた一部の武芸者は、その顔から赤色が引けていく。青や白や、ひどい者は、紫や緑に。

「一刀斎ってたしか、八条はちじょう天狗てんぐ――!?」

「う、嘘だろ、黒夜叉一刀斎か!? なんでそんな奴が!」

「お、俺は抜ける! そんな化物の相手なんかしてられるか!」

「おい、たかが一人に何をひるんで」

「一人だと!? あれは人間の勘定に入れて良い奴じゃねえんだよ! どけ!」

 止めようとする仲間を押し退けてまで、時にはその得物で叩き伏せさえして逃げていく男達。

 どうやら、相対あいたいこそしなかったが一刀斎のことを知る者はいたらしい。――自分でも、知らぬ仇名あだなで呼ばれていたなとなかあきれてその背を見送みおくる。

 その知る者達の反応を見て、知らなかった者達もまた、つられて次第に顔色を失っていった。

 九人くにんほど残っていた武芸者崩れは、あっという間に消えてしまった。

「……行ったか」

 しくはない。手応えがありそうな者などいなかった。

 そもそも、強者きょうしゃ相手に逃げるような男達を相手するつもりはない。

 一刀斎は、無駄むだぬめった血を甕割からぬぐる。なんとも粗末そまつなものを斬らせてしまった。これなら日照ひでり鬼神きしんの方が斬り応えがあっただろうと、なぐさめながら甕割を鞘に戻した。

 ──じとり、とした気配を感じる。

 見るまでもない。これは村人から向けられたものだ。彼らにとって─大変たいへん不本意ふほんいだが─一刀斎は彼らと同じ武芸者である。

 今の剣劇げんげきは、彼らにとってはただの武芸者の潰し合いだ。

「……礼なんて、言われると思ったのか」

「いや全く」

 先程さきほどすんでのところでたまさか命を拾った男が近づいてきた。

 武芸者がいたら出向でむくのが武芸者と言うものだ。とはいっても、相手の技は武芸と言えないものだったが。

 次第に、村人達の纏う気配が深まっていく。今にもしずみそうな泥が、雨で余計にぬかるむような気配。これは……不安?

「あんたは、なんてことをしてくれたんだ!」

 男が、一刀斎の襟首えりくびをつかむ。男のまとっていたのは不安だけではない。じりじりとしたあせりと、そして今まで決して見せなかった、「おそれ」。

「俺達はただ、抵抗するだけでよかったんだよ。適当てきとうに暴れたら、あいつらは帰って行くだけだった……だが!」

「武芸者達が……あいつを連れてきたらどうするつもりなんだよ! あの、化牛ばけうしみたいな妖怪ようかいを!!」


 夜は、だいぶ深まっている。

 川が荒れようと負けないだろう林の中。

 武芸者崩れが根城にしていた古びたどうが、きしむ。

「ひぎゃぁあああ! や、やめ、やめてく」

「うるさいなあ……」

 骨とは、こうもたやすく折れるものなのか。それも、あつ筋肉にくつつまれたももの骨が、で。

「で、君たちは逃げてしまったわけ?」

「だ、だって相手はあの一刀さ……」

「僕は知らないよ、そんな奴は」

 ベキリと、グシャリと。

 潰された頭蓋すがいの合間から、眼窩がんかと両の鼻の穴から、血と肉混じりの脳漿のうしょうがこぼれでる。「汚いなあ」と、襤褸ぼろの小袖をまんで剥ぎ取り、さっと手を拭いた。

「で、強いの? そのなんとかって」

「も、もちろんです……! ついこの間まで、京の頂点にいた剣豪けんごう! 噂では辻斬り相手にあいちになったとか言われていましたが、まさか、旅に出てたとは……」

「へえ。でもさ、武器に頼っちゃう程度の奴なんでしょ? なら弱腰よわごしだよ。──君みたいに」

「え、ま、まってくだ、ひぎぃ!」

「もう聞きたいことは聞いたからいいよ」

 ──人力じんりきを、超越こえている。

 その肉体からだ、牛が人の身に化した如くおおきく。

 その両腕かいな、人を肩から生やしているが如く太く。

 その臂力ちから、大岩さえも握り砕かんが如く強く。

 そしてその性根こころ、落ち着き払うようでいて一切の容赦なく。

「ふうん……でもちょっとしゃくだなあ。まあいいや。捻り潰しちゃおうかな。「博士」に自慢出来るといいんだけど」

 ――それは「博士」が放った力の化身けしん術理すべを生かして生み出した、生き式神しきがみ――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る