陰陽師編
第一話 その太刀が斬るもの
いったいどうしてこうなった。
もう
その
その
しかも、
とは言え、彼らの
「では、
「ようやく終わったか……」
和尚が
甕割もさっと
「おお、あれが
「ありがたや、ありがたや……!」
あの夜に神刀からただの
さて、
(いもしない鬼神とやらを、どうやって斬るかだ)
だが。
「なんと
「しかし鬼は
やはりそうだ。この村人達は、いもしない鬼をいると信じている。
この村人達の
先よりも
──これは
やるからには
ここにいる全員に、「鬼を斬った」と言わしめる太刀を振るわねばならない。
炎燃え盛り、熱波吹き付けるこの土俵場で。
この際だからと一刀斎は、
体はどう心に
いったいどうやって、己はこの体を動かしているのか。この体は、どうやって己に
「ぐぬう、やはりあの神刀も当たらねば……」
「しばらく前から当たることがなくなってしまったな……」
村人達は、勝手なことを言っている。いもしない鬼を斬れたものかと、
つまり、彼らを
それだけでない。村人達の
一人相撲をした男たちも、こうやって「鬼」に
倒したと認めてくれぬ村人達と、倒せていないと決めつけた己と、場を支配する想念に、膝を
その想いを斬れるほどの剣を、一刀斎は
いっそう
そこらの鬼より
「すまん和尚」
剣を振るのを止めつつ、足をゆっくりと
呼ばれるとは思ってなかったのか、和尚は肩をぴくりと跳ねさせた。
「な、なんでございましょう、お侍様?」
「この寺で祀っているのは、なんの仏だ」
いったいなんの話だろう。和尚は真っ白い
「この寺の
不動明王。その言葉で
もう
そんな彼女が言っていた。
人の煩悩を
なぜ忘れていたのだろう。自分は、見えないものさえ斬れる剣士とお
「──」
境内が、どよめいた。一刀斎が、腰に甕割を戻したから。
和尚や坊主も
当然だ。戦いの場にありながら、剣を
「お、お侍様」
「
仕切り直しだ。と言い
「──
キッパリと、言い放った。
吐き出した空気こそ、燃えている。なぜならば、己の
一刀斎の目に、それは確かに
村人達の不安の
一刀斎の目が、そこを
瞬間、その場にいた全員がそこを見た。
「
甕割を抜き放ち、
鬼神は
しかしそんな大振りの技、なんてことはないと、一刀斎はひょいと
続いて鬼神が、両手でもって金棒を打ち下ろしてきた。
「
ここだ。そう
その
村人達も、寺の修行僧も和尚も、
その立ち姿は、まさしく──
「明王、様」
「日照の鬼神――。確かに斬った」
一刀斎は血を払うようにサッと刀を振って見せ、鞘へと戻した。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「もうやめてくれ。礼はいい」
かれこれ
それより前は村々の人々が代わる代わるやってきて、なぜか涙を流しながら手を合わせていた。
「よもやお侍様が、不動明王様の化身であらせられたとは……ああ、明王様……!」
やはり信心深い。深すぎる。
眉の太く凛々しい修行僧が、神のごとく扱ってくる。調子に乗って不動明王とか言うんじゃあなかったと
「お侍様、よろしいでしょうか」
「和尚」
和尚が、部屋の戸を開く。その後ろには、数人の村人達がいる。服の良さから見るに、
「この度は我らの
和尚でさえも、明王と呼んでありがたそうにこちらを
だが、次の和尚の言葉で、より
「明王様、どうかこの寺に残ってくださいませぬか……!」
「は?」
思わず、すっとんきょうな声を上げてしまった。
「日照の鬼神とやらは斬った。これ以上おれがここにいる理由はない」
そもそも日照の悪鬼を斬る予定もなかったのだが。
「ですが、この近辺にまた何かあれば……!」
「鬼神の仲間が来るかもしれませぬ……!」
「その時明王様がいなければ我々は終わりです!」
正直、
ここまで神を信奉するのは、おそらくこの一帯は弱いからだろう。
だがその想いの強さが引っくり返れば、大きな
──自然と、言葉が出た。
「不安は、
それは、ある女に言われた言葉。
「いいか、鬼はその不安を食らう。なぜ日照の鬼神がここに入り浸ったと思う? それは、お前たちの不安を食うためだ。当然だろうな。なにせ寝ているだけで飯が転がり込んで来るのだ。いいか。人は誰でも己の心に、不安を断つ
「そうだろう?」と、和尚に目を向けた。
和尚はただ、目を見開いている。どうやら信じるばかりで、大切なことを忘れていたらしい。
「この寺で祀る不動明王は、心の利剣を
一刀斎は、黙りこくる村人達に
「なら、その利剣を振るえ。お前なぞ怖くはないのだと鬼を追い払え。迫り来た不運などどうってことないと斬り祓え。それを忘れなければ、鬼はここら一帯に寄り付くことはない!」
ハッキリと、言い切った。
正直、
神社に世話になった一刀斎だが、
ただ、途中からは
「──お侍様の、いう通りでございますな」
和尚が、口を開く。どこかホッとした様子で、今までの
「救われることばかりを考え、
深く己を省みる和尚の言葉に、村人たちも自分が情けないと言った様子で頷いていた。
「無理を申しましたな、お侍様。我々は明日から、いえ、今日から心を強く立て、生きて行きます。旅の無事を、
「世話になったな。和尚」
「いえいえ、我々もご迷惑をおかけしました」
和尚の顔は、やたら晴れ晴れしている。頭の後ろまで真っ白だった顔色は、
ふと、和尚が何かに気付いたように耳を動かす。
「そういえば、あなた様のお名前をお伺いしておりませなんだ。お名前は、なんというのでしょう?」
「名前か?」
言われてみれば確かに、名を名乗っていなかった。宿と違って
名前を聞かれ、答えぬ理由などはない。
「おれは
「なんと
「ああ、ではな」
笠を被り、寺を出る。思わぬ
一刀斎は、
「行ってしまわれましたね。いやはやしかし、
修行僧の言葉に、和尚は「そうだのう」と頷いた。
特にあの
「あの方は本当に、不動明王様の
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