大和編
第一話 今世無双
「
「おや、
「おお、お帰りなさい雲林院殿ー!」
「そちらは、どなたさんで?」
「俺の知り合いの
「なるほど、
「ならこのニンジンも
「そういえば
松軒が会わせたい男というのはよほど
子ども達さえ、大きな
「そういえば、この
「おう、新左衛門は
「
松永と言えばこの
「それにしても、多いな」
「あの
「おうさあ」
同じく野菜を抱える松軒に、
山の
いったい、どれ程の男なのだろうか。……この
「おーい! 新左衛門ー!! 松軒が帰ったぞー!」
「はーいただいまー……お帰りなさいませ、松軒様! あらまあ立派なお野菜がたくさん!」
「お桃さん……あなたあねえ、いちおう
「
「……なに?」
今、領主の嫁と言ったか。
「紹介しよう。一刀斎。こちら新左衛門の
「あらあら、旅の武芸者のお方? ようこそいらっしゃいました!」
桃。その名に違わぬ、
春の
「で、その新左衛門は?」
「……えーっと……そのお」
眉を八の字に下げて、浮かべていた
すると。
「お桃さぁ~ん……おはよー……いやあ、今日も良い天気だなあ……ふわぁああ……」
アクビ混じりの、眠たげな声。
松軒は
……まさか。いや、たぶん、
「……おや、松軒くん? ……お客さん?」
「……
松軒が
「そうか! 君が松軒くんが言ってた
「新左衛門さん、食べてる時はあまりお
松軒は慣れたことなのか、気にせず黙り込み、たまに「この
「聞けば、
「ああ、
一刀斎の─引き気味の─答えに、「そうかあ」とうんうん頷く柳生新左衛門。
「
「師匠を知っているのか?」
ようやく箸に乗せた飯を、新左衛門の言葉で落としてしまった。
その
「
相変わらず、一度喋ると止まらない男だ。なのに箸を止めることがないのだから、
「すまないなあ一刀斎。本当に腕は立つ男なんだがあ……期待が外れたかあ?」
「なぜだ?」
松軒の訊いに、一刀斎は首をかしげる。
「人の
「雲松?」
聞きなれぬ名が出てきて、今度は新左衛門が首をかしげる。そして当の松軒は、こりゃあしてやられたと頭をかいた。
桃は「はふう」と一息ついて。
「私からしてみれば、
「「「
一刀斎も、松軒も、そして新左衛門でさえ、全く同時にうなずいた。
「僕は、印牧……
なだらかな道がくね
どうやら、
「新陰流は、
「そういうところが気に入ったのかもしれないなあ。僕も
あっけらかんとそう
「今世無双なのにか」
「はっはっは。そう呼んでるのだって、松軒くん含めて
「新左衛門は
腰を後ろ手に回し、相変わらず
その言葉を訊くに、きっと「今世無双」となるまでには、相当な
「なぜ、そんなに
「そりゃあ当然、
あっけらかんとして、新左衛門が笑いながら言い放つ。
「僕は昔からね、
剣を語る新左衛門の言葉には、剣に対する
思わず、
「ダメだよ? まだ抜いては」
振り返りもせず、歩みを止めることもせず、まるで戯れに
しまった。心のままに動くところだった。
「すまん、
「心のままに剣を振る。まさに自斎先生の教えのままだ。それをその若さで
でも、と新左衛門は言葉を続ける。
「
「
「心を鍛える、か……」
剣は心で振るうもの。自斎が
すっかり身に付けたつもりであったが、初歩の初歩を忘れていた。
技ばかりを鍛えていたが、心もまた鍛えなければいけない。……しかし。
「どうすればいいんだろうな。心を鍛えるとは」
「君の
「理想の剣?」
一刀斎が訊き返すと、新左衛門は「うん」と
「自身の中にあるものを、全てを削ぎ落とす。そして最後に残るもの。それがその者にとっての理想となる。君も目指しているんだろう?
新左衛門が、振り向いた。
相変わらずの、気の抜けそうなタレ目である。
だがしかし、その眼に
目を閉じて、心を
なにかを斬ったあの一太刀。
「──それがなにかは、わからない。だが、確かにある。見えないものを、斬れた剣。たぶん、松軒が言う、綺麗なものだ」
「俺の言葉がそこまで
おぼつかない答えを聞いても、新左衛門は笑わない。ただ、穏やかに一刀斎を見つめていた。
さっきまでの忙しない様子と打って変わって、落ち着き払った雰囲気。
「素晴らしい。その若さで目指すべきものがあると感じている。それは
「新左衛門殿にはあるのか。理想の剣は」
「もちろん」
にっこりと、
「僕の理想の剣はね────斬らない、だよ」
「……なに?」
新左衛門のその答えに、思わず目を丸くする。
武術とは
「人を死なせるのは、
「神道的なことをいうね。うん、
新左衛門は笑顔のまま、一拍おいて。
「だって、斬らない方が難しいだろう?」
朗らかに笑いながら放たれたその一言に、一刀斎は脳天から斬り下ろされた。
「
この男は、なんと強い存在なんだろう。この男は、次元が違う。
――だが、心に浮かんだのは。
「斬らないを窮める、か。
「ははは、確かに、
「なら俺は」
新左衛門のそれは、とても美しい理想の剣だ。だがしかし、自分がそれを目指すのは、なにか違う。そう、自分が目指すべき剣は。
「見えないものさえ、斬れる剣を手に入れる」
一刀斎の言葉に、新左衛門と松軒は足を止める。二人は振り向いて、一刀斎をしかと見つめ。
「立ちはだかることごとくを、斬り越えられる剣士になる」
一刀斎のその
「ああそれも、
僕の斬らない道よりも、遥かに険しい
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます