第七話 生きているなら目指すだろうよ
「
一刀斎もまた、友と呼べるであろう男を斬った悲しみがあった。
だがしかし、
「佐奈たちには、
「その方が、いいだろうな」
甕割の血を
いくら辻斬りであろうと、罪を
やっと
『やるべきことを果たさせる前に、死なせた』
ふと、遥か昔に死んだ男の言葉を思い出す。もう顔も、声の質も思い出せない。最後に思い出したのだって、あの島を出てから有っただろうか。
「泣いて、くれるのだな」
「すまない。殺しておきながら」
「良いのだ。あなたは確かに息子を斬った。しかし、息子に巣食っていた
陣三郎を抱える将善の言葉につられ、その顔を見る。
月に照らされた陣三郎の顔は、
「一刀斎殿。息子を斬ってくれたのが、あなたで良かった。息子が
将善は、穏やかな顔で語る。
こちらこそ、救われた。「お前で良かった」と言われ、
「いくか」
甕割が映した昨日の記憶を、刀身と共に鞘に納める。
これは間違いなく、忘れてはいけない記憶だ。
初めて、己の意志で人を斬った。感情に
そして、「なにか」を斬ったあの
思えば
気付けば、
「忘れない」
自斎の言うような、剣を高める
だがそれよりも、「大切なもの」を、この京には貰った。
一刀斎は、京で得た思い出すべてを胸に秘め、家を
「そこをいくお方、お待ちなされ」
少し、のんびりとした口調の、
「
「武芸者か」
名を呼ばれ、甕割に手をかける。京では多くの武芸者と戦った。その中には
「安心なされよ。戦いたいわけではない。
「客?」
虚無僧は「ついてきなされ」と京の町を
虚無僧から、
虚無僧は、一刀斎を
「こちらだ」
まだ朝ではないというのに戸が
すると、堂の中心、
「来たか」
────足が、止まった。
蝋燭の炎のように小さくも、蝋燭のように光を発しておらずとも、はっきりと言える。その目は、何よりも強い炎のように燃えている。
あらゆる
見覚えがある。あの
「おれになんの用だ──
「俺を、知っているか。知っているよな。なにせあの時、目があった」
気配など、読むまでもない。
この織田尾張守が放つ気配は、「それ」以外の何にも例えようがない。
それはただ、ただただ強い、「炎」。
「まあ、
見えない火の手が、
一刀斎は歯を食い
「ほう……」と、織田尾張守は目を細める。一刀斎が己の圧に
「
その言葉に、一刀斎は目を
「集められた者達の中に、自分の
「お前に」
その
「
「なに?」
目を
「
「まさか、おれを雇う気か」
「
まるで、炎の中にいるように
織田尾張守がこの京に来てから、ひと月と
尾張守の瞳は、強く燃えている。この天下の全てを食らい尽くさんとする
その炎は、世界を焼き滅ぼす地獄の
この織田尾張守という男は、底が知れない。武将というものは、
──だが。
「どちらもお前のものではない」
だからなんだという。
「そもそも、どちらも
この程度に、
炎の魔王が、再び口を開く。
「
「天下一になるために」
なんのためかなど、悩むまでもない。剣を握って、あの三島を発ったのだ。それ以外の、何者にもなる気はない。
「カッハッハッハッハッハッハッハ!!」
──その
「天下一、天下一か! よく言ったな坊主。俺もそれを目指している!」
二つの炎が、
今までの
あまりの変わりように
「天下一の剣豪。ああ、ますます欲しくなったぞ。俺の
「ない」
「カッハッハ!
断られたというのに、何が面白いのか
間違いなく、この男は炎だ。炎が持つ、あらゆる意味を
一刀斎は、逆に
「目指しているのか、天下一を」
「生きているなら目指すだろうよ、天下一ぐらい」
相変わらず、影になってたしかな表情は読み取れない。だがしかし、その影は間違いなく笑っていた。
「俺はなるぞ。この天下にある、全てのものを飲み込んで。天まで届く炎になる」
その言葉に偽りはない。正しく、心の底から出た言葉。織田尾張守の根幹を成す炎心から放たれた熱に一刀斎は息を飲む。
織田尾張守は、まるで火の手が天へと伸びるように、遥か高い天にまで己の手を伸ばしている。
なにが将軍お付きの者だろう。この男が目指しているのは、それよりもなお、先のものだ。
「天下一を目指すなら、東へ行け。東は闘争の
俺もことが落ち着けば東へ向かうつもりだしな。と付け足して、そのまま言葉を続ける。
「お前が天下一になったら、俺のところに来い。外他一刀斎。いつまでも待つ」
「なぜ、そこまでおれを求める」
「決まっているだろう」
祭り火を絶やさず、心のそこから
「お前も、天下一を目指しているからだ」
そうきっぱりと、言い放った。
「──なら、ひとつ
「ほう? この俺に条件を出すか。面白い、言ってみろ」
恐らく、さっきまでの戦火にまみれた中であるならば、不遜と打ち捨てられただろう。だがしかし、織田尾張守は気にすることなく耳を
「
祭り囃子が、
「辻斬りの正体が大野陣三郎であることは
「
思わぬほど早く、答えが早く返ってきた。
なるほど。即答されるというのは、このような気分なのか。今まで即座に返事をして、
「良いのだな」
「家一つ残すだけで、天下一の剣豪が手に入るのだろう? なら安いものだろう。それに、大野陣三郎将良。奴のことは覚えている。うむ、いい働きをしている奴だった。それに
様子をうかがうように弱まった炎が、そのままの勢いで温かなものに変わる。まるで
「感謝する」
一刀斎は両の
「終わったようだな」
東の空が、ようやく青みを帯びてきた。しかし京の町は未だ暗い。
寺を出ると。ここまで一刀斎を連れてきた虚無僧がいた。
「ああ、終わった。──織田の軍門に
「あいやあ。バレてたかあ」
深網笠が取られてみれば、その下にあったのは
「まあ、織田とはただの
「ああ、お前のお陰だ、雲林院松軒」
槍巧者と言ったが、この男の
「武は綺麗だ」と言っていたのは、この男であった。この男がいたから、あの陣三郎との戦いで目指すべきものが見えたのだ。
「お前さん、これからどうすんだあ? どこか、目指すんだろ?」
「さて、どうするかな。師匠の元には戻りづらいし、まだ
人を殺したから戻ったなど言えば師匠から笑われるだろうし、伊豆には、
そういえば。
「織田尾張守からは、
「東ねえ……東には、新当流の
「お前ほどの男は?」
「はっはっは、そういねえなあ」
あっけらかんと笑う松軒。相変わらず、
軽く笑った松軒は「じゃあよお」と一刀斎の顔を見た。
「俺が
「どんなやつだ?」と、一刀斎が
「
「
「名を、
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