第二話 雷、趨る
ここは
「その新当流の使い手ってのはなあ、前々から京を
「
ここのところ、張り合いのない相手ばかりであった。だが四条まで来れば、腕に合う連中がいるかもしれない。それが三人ともなるのだから、楽しみでしかたがない。
「まあ、兄さんが言うのなら別に構わないけどねえ。俺は、別に新当流の使い手と戦えればいいしなあ」
神社に近づくにつれ、
「──師匠ほどではないか」
「さあて、三人は任せていいんだなあ?」
「ああ」
雲松は肩に掛けた
「たのもぉおおおおおおう! ぶっ殺しに来たぞ~うアホどもお!」
緊張感のない挑発と共に、一刀斎は神社の門を開け放つ。
「誰だ! お前たちは」
「新参者か!?」
「オレたちが
三人の男が、一刀斎らに
「なんとも気の抜けた野郎共だ。たった二人で乗り込むとは……よほどのバカと見たな」
居並ぶ三人の奥、
とはいえ、残る三人も
四条より下の者にあった無駄が少ない。刀を
……
「手前の三人」
一刀斎が、木刀の切っ先を三者に向ける。そしてにっかりと、穏やかに笑みを浮かべ。
「同時でいいぞ」
少しばかり、
三者の纏う気配が、赤くなった。
一刀斎は十代そこそこ。いくら
だからだろう、三者は落ち着いていた。子に煽られて
四条まで来たのも、何かのまぐれか、隣の男に連れられてきただけなのだろう。
だがしかし。舐められて黙っていられるほど、武芸者の
「いいだろう。
対する一刀斎は未知に対して悩むことなく、まっすぐ、正眼に木刀を構えた。後ろで見守る雲松は、じいっと一刀斎の背中を見る。まるで地に棒でも立てたかのように、素直な
(これは、なかなかの大物を釣ったかあ?)
「なるほど、構えは
そして一刀斎を
「ぐごぁ!!」
「──なに?」
猪が、三間吹っ飛んだ。二間転がり、
鹿組たちは、吹き飛んだ本人すら何が起こったかわからない。
ことの
雲松は釣った魚の大きさに思わずにやけながら、一刀斎の動きを思い返す。
(木刀を振り下ろして相手の内の太刀筋を反らし、返す刀を霞に構えて胸を一突き。鮮やかな流れだねえ。とはいえ、あれほどの男をあそこまで突き飛ばすとはなあ……どれほど鍛練を積んだのやら)
「やるなあ兄さん、いったいいつから剣術を?」
「
「────は?」
雲松が、ポカンと口を開ける。鹿組達も、
あれほどまで素直な型を、剛刀を、たったの二年半で身に付けたというのか、この小僧は。
「
「
「いったい、どれほどの
「才など人の
「いったいどのような
「
理屈ではない。この十余ばかしの
──ああ、いいなあ、こいつ。
「すまん、もういいわあ、あとは俺がやるよ、一刀斎」
「──!?」
天を行く
「く、この!」
一刀斎の前に出て、
あの
ピシィイイイイン!
「────?」
気づいたら、雷に撃たれていた。目の前が
「ただの
雲松はヒュルリと鑓を回し、左半身になって残る一人に
残る一人、雲松と
「な、バカな。そんな、それほどの技、
「お師匠さんのはもっと
剣の方が、得意。
その言葉を聞いた瞬間、一刀斎は思わず木刀を落としかける。
あれほどの鑓捌きを見せて、その腕はいまいちだと。剣の方が得意だと。雲松はそう
そんな馬鹿な話があるか。小手先ばかりの技でさえ、十分自斎に
「な、なにもんだ、なにもんなんだお前は!」
件の男の反応に、一刀斎ははてと首をかしげる。なにかしらの因縁が、あったはずではなかったのか。
「……お前さんよお、この
言葉の
ここにいた連中。それはつまり、この神社の
一刀斎の
「新当流はよお、
「だから、だからなんだってんだ!」
雲松に
「俺は強くなるんだ。強くなるためには、邪魔だった! 鍛える場所が必要だった! だから邪魔だったあいつらを、皆殺しにしたんだ!」
「皆殺しじゃあないぞ」
雲松の
「出仕がよお、まだ十にも満たねえ子どもがよお、
迸る雷に、
しかし男は、その優しさなどに気付かず、「大和」の一言で
「大和、流祖がごとき、雷神の鑓、ま、まさか、お前は、あなたは……!」
「
雷雲が、貯めた雷電を撃つが如く雲松は飛び出した。その速さは、自斎のそれを遙かに超える。
雷撃の刺突に、振るわれた太刀は弾かれた。そこから先は、目にも映らぬ
男は、
今ようやく、神社の
男も女も子供も、みな
気が
作った墓を見ながら、
「武芸者ってのはあ、
井戸から
二つある
「この神社の連中は、まだましさあ。町外れや川の
噂には聞いている。
「────おれは、神社で人を殺したことがある」
「ほおう?」
気づけば松軒に、始めて人を殺したことを話していた。
人の死に関わったのは富田の一放が始めてだが、あれは「死なせた」のであり、自分の意思でもって殺したのは、あの夜神社に押し入った七人の野盗たちである。
「おれは、おれを育ててくれた者の心を
「罪が許されるなんてことあないさあ。いったろう? 武芸者ってのは、業深いもんさあ」
でも、と松軒は言葉を続ける。
「お師匠さんは、
「そうなのか?」
一刀斎の
「京の
少年のように目を輝かせながら、壮年過ぎ掛けた松軒が語る。
「人として
一刀斎は不意に、腰から
松軒も「おお」と感嘆する。
「いい
「ああ。……本当に、綺麗だな」
剣と武が同じというならば、この甕割ほどの綺麗な武に、至ることができるだろうか。おれはまだ死体という、
ぼうっと、刀を見る一刀斎に、松軒は不意に
「……なあ、一刀斎よう、お前さん、言っていたよなあ。剣は心だってよう」
「ああ」
「じゃあよ、お前の心は、なんなんだい?」
その
剣とは心である。そう教わってきたし、心のままであることこそ、強い剣の
だが、剣が心なら、「心」とは、なんだ。恐らくこれは
ジッと己の刀を見つめ、一刀斎は心を
──すると、不思議なぐらい、その言葉が
「──
未だそれの意味するところを、一刀斎は見つけられていない。しかし、一刀斎の心には、確かに炎が
「おれの心には、炎がある。この炎が、なんなのか。俺にはわからない。だがたしかに、おれの心の中には、炎がある」
「炎、か」
松軒が、目を細めて一刀斎を見つめる。
「炎ってのは、色々だよなあ。人に
そういえば、最初三人相手にするとあらかじめいっていたが、一人突き飛ばしたところで松軒が割って入った。
瞬く間に残る二人を打ち倒し、最後の一人も即座に
「……わからん。おれが、頼りなかったからか?」
「はっはっは、それがなあ、自分でも恥ずかしいんだがよお。……火が着いたんだわ。お前の剣を見て」
「火が?」
「そうさあ。お前のあの
その穏やかな瞳で、いったい何を
己の技を見て、張り合いたくなったと言う。だが、しかし。
「……
松軒の鑓は、それは鋭いものだった。手にしていたのは、雷そのものだったのではと思えるほどの鋭さだった。
本気の自斎に並びさえするその腕前を
恐らく松軒が剣を持ったなら、一刀斎など文字通り、成す術なく雷に撃たれるだけだろう。埋めようのない実力差を、思い知らされた。
「
一刀斎が思い起こしたのは、かつていた、あの島で見上げた空。酒甕の口のように、酷く狭かった空。己はまだ、あの時から大きく進歩はしていない。しかし松軒は笑うことなく。
「一刀斎よお。これだけは言えるが、お前絶対に虫じゃあねえぞ。お前は、誰より強くなるだろうさあ。天下一を、目指してるんだろう?」
「だが、遠い」
「いいじゃねえかあ、遠くて」
そのはぐらかすような励ましに、
「お前は、その長い果てない道の長さだけ、強くなれるってことなんだぜ?」
強くなれる。その言葉を聞いたとき、消えかけた炎が、少し揺れた。
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