第六話 鵬と炎と
ただただ
対する弥五郎はいつも通りの
残る
両者とも、
小次郎が、息を飲む。
「
それを
その
「
その
だが相手は、仮にも
攻め気を乗せたまま、身を
「
「ぐっ!?」
その
そしてこれまた攻防一体。一歩後ろへ下がりながら、片手の切り上げを打ち放った。
自斎もそれには
振るう太刀は
「どれ、もういっちょう!」
自斎が、
だがしかし。
「
ここまでは、同じ。だが、
「打ェエエエエエイ!」
今度は腹ではなく、中太刀を握る弥五郎のその手に目掛け小太刀を振るう。
自斎のその太刀もまた攻防一体
「
弥五郎は中太刀を高く振り上げ、自斎の小太刀を跳ね
そして
「ぐっ!」
弥五郎の無心の上段打ち。対して自斎は、小太刀の
だが、そのあまりの威力に、膝を屈する。
そのまま弥五郎が押しきるかと思われた
「
「なっ──」
その突きは、
「しまった」。そう思った瞬間にはもう遅い。
弥五郎が忽然と姿を消したと思いきや、あいた
「ごっ、ふ……」
顔をあげ、弟子を目で追う。
弥五郎は自斎を撃った勢いそのまま、
そこに立つ弥五郎は、
腹に気を
自斎の顔から、笑みが消えた。
それはさながら、獲物を見据える
両者を見守る小次郎には、両者に炎と
炎が揺れ、鵬が
「
体の芯から
――そこから先の
弥五郎は中太刀を振り下ろすも自斎はそれを受け流し、
まるで鵬を取り込もうとする炎と、炎を
自斎の剣は、小太刀だというのに定寸の中太刀を相手に全く引くことがない。まさに
──だというのに、弥五郎はその小太刀の
弥五郎は、自斎の剣を、読みきっている。
「
「
真剣での死合であれば、すでに刃は
自斎は剣に変化を混ぜ、持ちうる
まるで炎でも相手にしているかのように斬りようがない。
二十年以上剣を
その現実は自斎にとって────意気が天に
そも、鍛えた時間など意味はない。勝負の場ではそれを出しきったとしても負けかねないのだ。
勝った負けただのの理由は、その時にしかわからないし、その時々で変動するもの。勝敗を分けるものを
能力も努力も実力も、
心法とは、「
自斎という名は、すべてが
この前原弥五郎という男は、
「弥五郎ォオオオオオオ!」
自斎が、小太刀を振り
火の手が上がり、鵬が翼を広げる。
自斎の剣が、繰り出された。
その撃ち下ろしは
その雷撃に一瞬遅れ、弥五郎の剣が振り落とされる。
一瞬。その差はあまりにも大きい。刹那の攻防によって勝敗が決まるのが、剣の世界と自斎は信じる。
一寸の短さが、一瞬の遅さが、命運を分かつ。それが剣の世界だと自斎は信じている。
弥五郎はその一寸と一瞬を、取り零した────はず、だった。
「────よもや、その二つさえ覆すとは」
自斎の剣は、弥五郎の体を大きく反れ、
弥五郎の剣は、自斎の額に至る
「――――ああ、それだぞ弥五郎。心が真っ直ぐ、正しくあれば、決して剣は逸れることがない。我が金剛刀の秘伝は、その心法にある」
必要なのは、己に対する
無心とは心を無にすることではない。心から
ただ、
それが心法の
「明日お前に、
弥五郎が燃えた上に広がる夏の夕空は、
次の日の朝早くから、弥五郎は自斎と共に稽古場にいた。
しかしそれはいつもの稽古のためではない。自斎が己の技を弥五郎に教えるという、「
弥五郎が
だがその内容は、
「これだけなのか?」
思いもよらぬ少なさに思わず
「お前に合ったのを
自斎が
「太刀の構えは五つ。それは分かるな」
「ああ」
高く構える上段。
中程に構える中段。
低く構える下段。
半身になり、刀を掲げる
同じく半身になり、刀を下げる
この五つだ。
「
師の太刀は、正眼から脇構え、隠剣に変化する。動きが止まったところを見計らい、弥五郎はさっと進んで剣を振り下ろす。しかし。
「ふん!」
上段からの振り下ろしは、振り上げられた太刀に
「これが印牧流の奥義の一つ、
「こんなに単純なのががぼっ……」
疑問を吐こうとした口の中に、木刀の切っ先が突っ込まれて舌が押さえ付けられた。
「なに、技なんて
「んぐ……刀を
弥五郎は一歩
単純な技ゆえか、答えはそれで合っていたらしい。
「おう、今回は突いたが、その時々、やりやすい打ちをすりゃあいい」
なるほど。と弥五郎は
「上段、中段、下段、八相、脇。それぞれの打ちに対する太刀の使い方。それが印牧流の奥義、「
続いて教えられたのは、
「さて、最後の一つ。これは、お前が一番扱いやすいものと見た」
自斎が、太刀を上段に構える。弥五郎は残る一つ、中段に太刀を構えた。
ふと、弥五郎が自斎に始めて会ったときの印象を思い出す。あの時の自斎は「
なぜそれを今思い出したのか、それは
しかし弥五郎は呑まれることなく、腹の底で気を
だが。
「
振り下ろされた自斎の剣は、弥五郎の打ちを払い除けた。
弥五郎はぎょっと目玉を向いて刀を八相に持ち上げるが、その瞬間には首に太刀がつけられている。
「────これが、
「他と違って名前が派手だな……?」
「いいんだよ、大上段の打ちなんて派手なんだからよ。ってかよ、お前自分でわかんねえのか?」
わからないのか、といわれても、あの打ちは日頃から慣れ
口には出さないが表情に出てたのか、自斎は「やれやれ」と首を振る。
「無想の打ちもここまで来たら逆に
はて、と
「ああ」
すっとんきょうな声を上げると同時に、額の
「ようやく気づいたかコイツ……そうだ、お前が普段やってることだよ、今のはな」
思い出した。はじめて仕合した「
「まあ、似てるだけでお前のとはまた違うんだがな。俺の金翅鳥王剣は金剛の堅さでもって払い除けるが、お前のあの剣はまさしく
「切り落とし……か」
「あれはお前の本来もっていた
「流儀?」
そっくりそのまま聞き返す弥五郎に、自斎は「おうよ」と頷く。
「
師の言葉に、弥五郎は
年が近い
足が早い者もいれば、手先が器用な奴もいたし、普段のろまでも、やたらと逃げ隠れが得意なのもいた。
全員得意が違うのだから、同じものを手習いしようと、異なる先に行き着くこともあるのだ。
「──師匠、感謝すがうっ」
「なに礼なんていってんだまだ早いぞ
自斎は、弥五郎を打った小太刀をぽいと投げ渡す。
十五本と五点。合わせて二十。
──礼を言うのは、いつにいなることやら。
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