第二話 弥五郎の縁
街から離れているが、こちらの方が苦労がない。と、いうのも。
「
「
バキン、と、木の
自斎邸の裏手。
弥五郎は肌の荒れた木刀を投げ捨てて、稽古場の側に積まれた枝から、新しい木刀を拾う。
弥五郎や自斎が木刀として使っているのは、ただの太い木の枝から、小枝を削いだ簡単なもの。それを作るための枝が、この山では入手が
「さすがの
弥五郎は師の刀を見ながら、嘆息した。
それは弥五郎が使う
そう、折れないのだ。
さすがに毎日変えてはいるが、自斎に教えを受けはじめて一週間、毎朝の飯前にこうして立ち合うのだが、毎度弥五郎の
これこそが、「
「師匠の剣は、折れないな。ほとんど、受けているだけなのに」
木刀を構えて自斎と向かい合う。
そう、この毎朝の立ち合いは、弥五郎が
「弥五郎よ、お前さん、受けってのがなんだか分かるかい?」
「攻撃を
答えに合わせて弥五郎は剣を振り下ろす。
「いや違うな」
「では、なんだと?」
痛みをこらえ薙ぎに入る。
「それはな弥五郎」
受け止められ、
「相手の心を殺すことよ」
負けじと
「相手の心を、殺す?」
「そうだ」
しかしその力を受けてなお、自斎は
「攻撃ってのはな、全力を込めるもんだ。ぶっ殺してやるって意気を込めて撃つもんだ。だけどな、そんな攻撃を「なんてこたあねえ。ただの
バシィン!
「ぐが……!?」
「俺が
口からでる言葉は
「いいか弥五郎。刀は
なるほど、と弥五郎は揺れる頭で内容を噛み砕く。
ようは、防御は身を守るものではなく、相手を攻め
ならば。
「攻撃こそ、身を守るものなのか」
ほう、と自斎が
「攻撃と防御は
「剣とは心だ。心が揺れれば剣はぶれる。ぶれた分だけ隙になる。逆に心が揺らぐことなければ、相手の攻めを断ち割り、受けすら切り裂く
さて、と自斎は使っていた小太刀を膝で半分に叩き折る。
「そろそろ飯ができる頃だろ。折った木刀をもっと短くしな。晩飯を
「今日の飯は」
「よかったな。朝も晩も
ここに来てから一週間。朝も晩も、毎日菜粥だ。
朝食が終わった後、「今日は堅田に行くぞ」と自斎が弥五郎と小次郎に言う。
「使うから、刀を持ってこい」
「わかった」
「わかりました」
弥五郎と小次郎は
座敷は弥五郎が三島神社で与えられていたものと同じ、六畳一間だ。押入れと
刀と言えば、甕割はいったいどこにあるのだろう。手入れはちゃんとされているのだろうか。織部から託されたものだし、何より弥五郎は甕割と旅をしてきた。気にならない方が不自然である。
そういえば、もう一つ。
「小次郎は、ずいぶんと長い木刀を使うな」
大小二振りを腰に
こちらに来てから小次郎が剣を振るったところは見たことがないが、
「ああ、これはお
小次郎は、掛け軸代わりに床の間に置かれた、三尺を優に越える長太刀を引っ張りだし、器用に
手慣れたものだ、と弥五郎は内心感心した。
「まあ、あまり剣を修めようという気も無いので、構わないのですが。さて、待たせてはいけません。行きましょう」
自分の刀だけをもって、そそくさと居間に戻る小次郎。
仕方ない。ここではおれが一番の
一週間ぶりの堅田は、初めて来た時と同じように
これから
「ああ、あいつらだ」
その集団の構成はなかなか
「きたぞ、お前ら」
「ああ、自斎先生、待っていやした!」
一団は自斎を見るや
いったい何事なのだろうか。
「
「雇い主?」
「
曰く、この近江堅田は
しかし近年の
「近江衆には
「――――伊豆神社?」
伊豆、その懐かしい名に、弥五郎は目を
伊豆といえば、己がいた場所、弥五郎の
「ええ、伊豆神社。自分も詳しい由来は分かりませんが、なんでも
「三島神社だと」
三島神社。あまりにも懐かしい名前に、今度は
三島神社と言えば、弥五郎を拾った
とじの教えいわく、三嶋大社とは国に一つある一の宮というもので、一の宮その国でもっとも大きな神社という。三島神社は、三嶋大社の分社の一つらしい。
伊豆に三島。遠く離れたこの堅田の地にそんな
そんな弥五郎の様子を見て、小次郎は「はて?」と
伊豆がどうかしたのか
「お前ら、船に乗るぞ」
船に乗る。その言葉に弥五郎の肩はびくんと
――なんだか今日は、懐かしいことが多い。いいことも、わるいことも。
「どこかにいくのですか?」
「ちょうど対岸に、調子のって
「それで、船に乗ると」
「なんだ弥五郎、お前船は
「うん、嫌だな」
あまりにキッパリと言い切られ、自斎はポカンと口を開ける、
一年前のことを思い出す。弥五郎はあの
お陰で
堅田まで来るときに渡し船のある
とかく。
そして、その
「あは! あはははははははははははは!」
ずっと口を
「なんだ、何を笑っている」
「いやだって、
笑いをこらえながら反論する小次郎だが、「いややっぱり無理だ」と再びケタケタと大笑いする。
その様子を見て、弥五郎もまたくすりと鼻をならした。
「小次郎。お前こそ可笑しいぞ。今まで真面目くさった顔をしていたくせに、それきしのことで笑うとは。お前もまだ子どもなのだな」
「いえいえ船が怖くて乗れない弥五郎の方が」
真面目くさった少年と、
「ははっ、やっぱり弟子はガキが良い」
自斎もまたこの笑いの渦に飲まれ、一際大きい笑いを上げた。
これが
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