近江編
第一話 近江堅田の金剛刀
波の音がするのに
島で育った
やっとこの地、
「海から逃げたのに、海がまた見えた」と弥五郎は広大な
湖の上ではいくつもの船が
さながら
湖に近寄り指に水を付け舐めてみるが、全く潮の味がしない。普通の淡水だ。
「
年は
「近江は
「なるほどな」
「で、お前さんは、ここに何をしに?」
「人を
その
「まさか若えの、
「
「もちろんよ。自斎先生はここいらの
「おれには、腕試しするほどの腕はない。その腕を、
「なるほど、弟子入りかい。見たところ立派な刀を持ってるようだが……少し、気が抜けてるなあ」
「なに?」
オヤジの
目の前が揺れて音もどこかぐらついている。同時に、左腰が軽くなった。
「ほうほう、こいつぁ名刀だ。お前さんみたいな
「返せ────!」
このオヤジが、酒甕で殴ったのだと気づいたのは今しがた。甕割を
気配が読めなかった。攻撃しようという、意識の
オヤジはのらりくらりと弥五郎の手を避ける。まるで弥五郎がどう動くか分かっているかのように。いや、当然分かるのだろう。
弥五郎は、刀を取りかえそうとしているのだ。
刀を右に動かせば右に動くし、左に寄せれば左に寄る。気が急いて、あまりにも釣られ過ぎてた。
「なるほどわかった」
オヤジが、甕割を上にぽいと投げる。一瞬
「お前さんはいささか、素直すぎるな」
「え──」
気付いたときには、衝撃とともに頭が地面にくっついていた。
足を払われ、腕をとられ、顔面を捕まれ地面に叩きつけられる。甕割に気をとられた
そして眼前に甕割が落ちてきて……額に、
なにかを叩く音に目を覚ませば、見たことのない屋根があった。
すぐ側には
頭がズキンと痛む。額には、
そういえば甕割が頭に落ちてきた。あれで気絶したのか。
「おや、起きましたか」
後ろから声をかけられて、ハッとして、振り向く弥五郎。
そこにいたのは、
「お前は」
「
「おうまじか、
座敷の襖が止まり止まり
そこから現れたのは、先ほどのオヤジ。
弥五郎はハッとして、囲炉裏から
「さて若えの。こいつは読ませてもらったぞ」
オヤジが右手を
ごくり、と息をのむ。
意識の起こりがない
まさか、この男が。
「俺がこの手紙にある、印牧自斎その人だ。驚け若えの」
「お前が……印牧自斎」
つまりだ。さっきこの男は……。
「自分で自分を
「全部本当のことだからよ」
悪びれる様子もなく、口の端をつり上げて笑う自斎。
実力は申し分ない。しかし、なんと
弥五郎が感じた気配は、岩。全身が岩で出来た自由な
この
ふと、弥五郎が気づく。傍らにも、自斎の腰にも、「あれ」がない。
「甕割は……甕割はどこだ!?」
「うん? あの刀か。安心しろ別に取っちゃいねえ。あれは間違いなくお前のものだ」
だが、と自斎が言葉を続ける。
「あの刀は今のお前にはちと早い。あの刀じゃ、斬り方を覚えられねえ。あれじゃ斬るのを覚える前に、断つこと割ることしか身に付かねえ」
自斎のその言葉に、弥五郎ははてと首をかしげた。
そんな弥五郎を見て、「はぁああ~~」と自斎はわざとらしく溜め息をついた。
「お前、やはり斬るってもんがなにか分からねえんだな。いいか、
弥五郎は、いつかとじに教えられたことを思い出していた。字が多いのは、字の数だけものがあることに通じる。意味の数だけ、言葉があるのだと。
自斎が
短刀を鞘から抜き立てて、手に持つ手紙をひょいと上に
そして────。
「
呼気と共に、銀の刃を一閃する。すると宙をただただ舞っていた手紙が、真っ二つに
その技の
「いいか、これが斬るってことだ。斬るって言うのはな、使い手の実力でしか出せねえもんだ。これは紙だから楽だったが、剣客ってのは、これを人様相手にやるもんだぜ?」
宙を舞う紙を斬るのが、楽と。この男はそう
「いいか若えの。剣の
「わかった」
正直、
あまりにも
しかし違う、この男は、印牧自斎という男は本物だ。
この男なら、俺に「剣がなにか」を教えてくれる。
「さて、若えの。刀は人質にとった。次にお前がすべきはなんだ?」
弥五郎は、さっといずまいを正し、薪を囲炉裏に戻して
そしてまっすぐ、自斎を見つめ、
「おれの名前は弥五郎、
深々と、頭を下げる。全く同時に、パン! と、自斎が己の膝を叩いた。
「かっはっはっはっは! 久々に叩き上げ
体の
「話は決まったようなので」と、黙って菜を切っていた小次郎が二人の会話にはいる。
「とりあえず、ご飯にしましょう。今日はフナと
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