第五話 そして、旅立ち
その日の夜はちょっとした
やれ
とかく、そんな理由で
とじは明かりの
まだ人に打ち勝ったという
この身体では自室の床下ではもう狭いと、しばらく前から他の建物より一段高くなっている、宝物殿の下で寝ていたのだ。自室で寝れば良いのにと、若い巫女たちには
フクロウが
ゆっくりと目をつぶり、
「──なんだ?」
感じたことのない
人は意識しなければ気配を殺すことができないが、気配を殺せばその分、そこに
気配に
──
そういえばこの前とじが言っていた。ここ最近、ここらで
ガチン。ゴトリ。
ギィイイイ──
今度は、扉の
弥五郎は一年前のことを思い出す。
この宝物殿には、多くの宝が眠っている。その宝はこの神社のものもあれば、
奪われては、いけない。
弥五郎は
「なにをしている!」
張り上げた声が
みな一様に、
すかさず、石ころを投げつける。
一番奥にいた影に当たり、「ギャッ」と短い悲鳴が聞こえた。
「な、なんだ貴様は!?」
「て、
わずかばかりの
「こなくそっ」
宝物伝の中に入り、手短に一番近くにいた男の
続いて勢いのままに、側にいた男の
二つの
「キぇぇあああ!!」
とっさに振り向いた弥五郎は、木太刀を寝かせてその
しかし、同時に。
「く、折れたか……!?」
相手の打ちを止めたときに入った傷が、今ので広がり木太刀が折れた。日頃愛用していたこともある。
弥五郎は半分の長さになったそれを、今肩を打った男の
残る野盗は四人。目に見えるのは二人だけで、さきに石を投げつけた相手と、もう一人はどこかに隠れたようで見当たらない。
武器はないかと
刀が振り下ろされると共に、そのなにかを振り抜いた!
キィイイン!
「な、なん──」
――相手の刃が、すっ飛んだ。
「
最後まで口にする前に、弥五郎の
弥五郎の手に、
野盗の持っていたどれよりも、
空に浮かぶ
それは
「
残る二人が、弥五郎目掛けて駆けてきた。
内一人が、弥五郎めがけ刀を叩き下ろす。それから一瞬遅れ、弥五郎も甕割を同じように振り払った。
すると刀と刀が重なりあい、野盗の刀は甕割の
弥五郎は
屈んだことでもう片割れが繰り出す
二人の男達は、
「なんだ、これは──」
弥五郎は、その手に握る刀を見て息を飲む。。その
振るう自分でも、
「お、鬼だ、
奥の暗がりから、今にも消えそうなか
そういえば、あと二人いた。
弥五郎がそちらに目を向けるが、そこに人影はない。あるのは、大きな
「甕の中か」
「ひぃっ!」
「ばか野郎、声を出すな!」
どうやら正解らしい。甕の中と、その後ろにでも隠れているんだろう。
「近頃この辺りを荒らしている野盗というのはお前らだな」
「ゆ、ゆるしてくだせえ! お、おれたちは、こうするしかねえんでさあ!」
甕の中から、なんとも
とりあえず、織部ととじを──。
「────」
ちょっと待て、とじは今夜、何をするといっていた。
「お前──ここに入ったとき、女を見たか」
「女……? それはもしかして、あのババアの巫女のことで?」
ババアの巫女。それは、つまり、この神社では。
「貴様ら──とじを、どうした?」
「へ? え?」
「ま、まってくれ、おれたちは」
甕割を握る力が増す。からだの内側に、黒い
ゆっくりと、ゆっくりと甕に近づいた。
「お、落ち着──」
――甕が割れ、中から血が
まだ、息をしている奴がいる─乞われても聞くまい─。
「ぎゃあ!」
まだ、生きている奴がいる─頼まれても助けまい─。
「ゆ、ゆるし!」
こいつら全員、皆殺しにしてやる────!
「弥五郎!!」
弥五郎の耳を
「と、じ……? 生きて、たのか?」
「勝手に殺すんじゃありません。
とじは辺りの
大立ち回りなどではない。弥五郎は、ただ単に、薪でも割るかのように、この者達を斬り捨てた。
「すまない、こいつらに、殺されたかと……」
「待ちなさい弥五郎」
ふらりと近づく弥五郎を、とじはピシャリと押し止めた。
弥五郎はぴくりと肩を震わせ、一歩も動けなくなった。
「今のお前に、触れられるわけにはいきません。その血を、まずは
「さた……?」
「いいですか弥五郎、あなたは、もうここにはいられません」
時刻はすでに
三島神社の
織部と弥五郎である。弥五郎は、白い小袖に身を通しており、その髪は濡れている。先ほど
織部の手には、先ほどまで弥五郎が使っていた甕割があり、刀身は織部自身によって
「話はとじ殿に聞かせてもらった。その野盗とは、ここらを騒がせていた者共だろう。出仕を起こして、村まで人足を連れてくるよう頼んだ。後の処理は、彼らと共にやる」
後の処理。弥五郎は七人いた野盗は、一人残らず斬り殺した。頭に血を上らせて、怒りの赴くままに甕割を振った。
「この
織部は目を伏せ、
弥五郎はなにも言わない。日頃から、言い聞かされてきたことだ。
穢れとは
それらを
「
弥五郎が思い出したのは、一年前、あの島を出た船でのこと。
あの場で弥五郎を殺めようとした男達は、村長に
その時の気配は、本当に恐ろしいものだった。
「とじ、は」
宝物殿で弥五郎を止めたとじは、織部に弥五郎を任せて消えてしまった。
「あの人はそう弱くない。ただ、とじ殿は
とじはこの神社でも、なにかひときわ重要な存在だというのは薄々感じていた。穢れてはならない存在なら、弥五郎といることはできないだろう。
「おれは、これからどうすればいい」
弥五郎には珍しく、
弥五郎のその問いに、織部は逆に
「どうすればいいかではない。どうしたいかだぞ。弥五郎。ここにいられないのであれば、お前は何をしたい?」
ここにいられないなら、どうしたいのか。
弥五郎は目を
「剣」
目を伏せてぽつりと、しかしハッキリと。
「剣を知りたい」
目を開けて、まっすぐ織部を見つめて言い切った。
父がそうではなかったかと言われる
ここで織部に教わった
今朝、富田の一放と名乗る者とやった剣の
そして今目の前にある甕割に代表する、剣そのもの。
弥五郎は、剣とはなんなのか。強烈な興味を覚えていた。
「やはりそうか」
織部は先ほどの
まるでそうなることが自然なのだと言う風に。
「しばし待て」と、織部は一枚の紙を取り出して、
「弥五郎。お前は
「
国についてはとじとの勉強で教えられた。近江とは
「堅田は湖の西にある街で、よく
「そこには、何があるんだ?」
「私より、
「強いのか」
「
その例えはいまいちよくわからない。なにぶん、すぐに終わってしまった。
「……それと、これもお前に」
織部はそういって、
「人を斬り殺した刀だ、もう、神刀と呼ぶことはできないだろう。それになにより、甕割は、ただ置いておくのはあまりにもな」
弥五郎の手に、先ほどの感覚がよみがえる。あそこまで
人には骨もあるし肉もある。その
「甕割は、お前と共にいることを望むだろう。ただ
甕割を手に取る。まるで甕割の方からこちらを掴んできたかのように、やたらと手に馴染んでいる。まるで体の一部のように、手の平に吸い付いて離れない。手の
「さて、
惜しまれる。それを聞いた弥五郎の頬に、
惜しまれるほどに、自分はこの神社で過ごしたのか。あの島で
「……
魂の炎、心の利剣。それが意味するものを、弥五郎はまだ知らない。
「織部、いや、先生」
頬からは、既に光の筋は消えていた。
甕割を側におき、
「いままで、本当に、お世話になりました」
返事はなかった。ただ「行きなさい」と、言われただけだ。
しかし弥五郎は気配を読める。
顔をあげても、織部の顔を見なかった。手紙を
屋敷を出る前に、自室に戻ることにした。この小袖では目立つだろう。
自室の障子を開ける。するとそこには、褐返の小袖に同色の
いったい誰が、とは思うまい。
わずかばかりに残った気配。勉学のとき、鼻をくすぐった
この二つだけで、充分だ。
「さて」
弥五郎は感慨に
夏の朝は早い。東の空が
弥五郎は誰かに挨拶することもなく、
腰に吊るした甕割と、被る笠に手をかけながら通りを避けて小さい道を行く。
ふと、背後に気配を感じた。優しく包み込むような、甘い香りのする気配。
しかしそれでも振り返らない。
その気配の持ち主と再会するのは、まだまだ遠い、先のことだろう。
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