第四話 初めての決闘・後
ロウソクだけが
「では
こくり、と弥五郎は
いわく。
本当はやたらと
「それで弥五郎。明日どうするかだが」
「ようやくその話か」と、弥五郎は目を見開いて織部を見る。織部の目も、上と下がくっつきそうなくらい近づいている。
そんなに眠いのならなぜ
「お前は、剣をただ
「……なに?」
それは、いつもやっていることだが。そんなことでよいのかと、弥五郎は
その様子を見て、織部は深く
「いつもやっていることだから、いいのだ。受けの技法に優れている富田の者に、技巧を
その点については、納得だ。自分は剣の振り方しか知らない。一放の腕がどれくらいかは知らないが、自分より上なのは確かだ。
「いいか、弥五郎。お前の振り下ろしは
弥五郎はしっかりと首を縦に振る。やることは単純な方がいい。付け焼き刃の
ふと気づけば、織部が目を薄めて弥五郎を見ていた。いよいよ落ちるかと思いきや、口を開いた。
「大きくなったな、弥五郎」
この三島神社に来て一年近く。
「字と言葉も覚えた。もう
ぽそりぽそりと、
こそばゆく、鼻の頭を
あの時、思わず
「ああ、感謝しているぞ、先生……」
その言葉を聞いた織部は、ぐっと
「んぐう…………」
寝息が聞こえた。
「────ぐんん……」
ほぼ同時に、弥五郎も落ちた。
「起きなさい、織部さま、弥五郎」
「……んが」
「んがではありません」
「とじか……?」
水が
どうやらあのまま二人は眠りこけてしまったようで、ろうそくの明かりも消えていた。二人の鼻に
織部はつつーと冷や汗を浮かべながら、とじに
「今、
「辰の
その答えにはさしもの弥五郎も完全に目覚めた。織部も「なに!?」と驚きを隠せない。
「なぜ起こしてくれなんだ!?」
「織部さまが起きてくださらないので、代わりに
「なぜそこで後回しに……」
「彼はあなた達の客でしょう」
いつも
「もしかして、怒っているのか?」
「怒る? なぜです。手塩にかけて育てた子が悪い男に
「すまない、本当に申し訳ない」
すっかり平伏し、二人並んでとじへと
ぐうの音もでない理論を並べ立てられると、頭を下げてしまうものだ。だが。
「しかしとじ殿、分かってほしい。弥五郎は私のために一放へ勝負を挑んだのだ。あなたも、弥五郎がどういう
それは裏を返せば、己が悪しと思うものには、ぶつかずにはいられない不器用さを示している。
とじとしては、戦いを避ける柔軟性をこそ養ってもらいたかったのだが。
「ふぅ」と、とじは短い息を吐いた。困ったように眉を下げ、悲しそうに目を伏せて。氷柱の表情の奥にある、
「こういうときが、いつか来るだろうとは思っていました。──これ以上待たせるわけにもいかないでしょう。お行きなさい、弥五郎。織部さまも、立会人として弥五郎をよろしく頼みます。食事は用意しておきますので、二人揃って戻ってきなさい」
とじは一礼し、
「遅い! なにをしていた!?」
もう辰の正刻もだいぶ過ぎた。
鳥居前には
周りにはどこから聞きつけてきたのやら、
「すまん、寝ていた」
本当のことを、ありのまま包み隠さず
その一言に、男の
「寝ていた、だと?
「すまん、と言ったはずだが」
弥五郎は心のなかで「はて」と思いつつ、一放と向かい合う。その手にはいつもの
「では、用意はよろしいか。」
弥五郎と一放を、
「この仕合は私、
そして今一度弥五郎を見て「いいか、振り上げて、下ろすだぞ」と、その視線をもって念を押す。念を送られた弥五郎はそれに気付いたのかどうか、木太刀をゆっくり持ち上げた。高く、高くに持ち上げた。
そして、頂点に立って、止まったところで、一放の血管は、ぶち切れた。
「
上段は、攻撃的な構えである。そこからの振り下ろしは、
だがしかし、その
つまり素人が
少なくとも、昨日から弥五郎を礼の知らない小僧ととらえる一放は、その
「では、
「
その速さ、
見物人も、その速度を目で追うのがやっと。
正眼、弥五郎の首についていた切っ先は、そのまま真っ直ぐ弥五郎の
このまま弥五郎が突かれて終わり。誰しもそう思った。
残りの
「ごぼっ!!」
────一放の
弥五郎の喉を取っていたはずの木刀は、その弥五郎の首を大きく
見物人は、なにがなんだかわからない。勝負があまりにも単純すぎて、逆に理解することができない。
だが、織部からしてみれば、当然で納得の結果であった。
ただ単に、「弥五郎の剣が、一放の剣よりまっすぐだったと言うこと」だ。
弥五郎が振り下ろした木太刀が、一放の突きをただ反らしたというだけのこと。
また、弥五郎の
弥五郎の持つ木太刀は、定寸である。だが一放には、弥五郎のその
勝負は寸の違いにあり。一寸でも読み間違えた側が負ける。
「勝負あり! この仕合、前原弥五郎の勝ちとする!」
織部が深くうなずき、弥五郎の勝利を告げる。
当の本人弥五郎は、ただぼうっと、
「どうだ弥五郎。勝った気分は」
「うん……? そうだな……」
勝ったと言われても、実感がない。いつも通りのことをやったら、いつも見慣れた景色が現れただけ。それが
「割り切れなかったのが、少し悔しいな」
割り切れなかった。悔しい。それを聞いた織部と見物人の
「「「あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」」」
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