合成樹脂のシンデレラ
kanegon
合成樹脂のシンデレラ
「こんにちは。三戸莉夜さんのお宅ですか? シンデレラに登場した魔女の宅配便です」
「はーい。……え、えっと、ど、どちら様ですか?」
「だから、シンデレラに登場した魔女ですよ。アタシは莉夜さんをシンデレラにするために来たんですよ」
「な、なんですかお婆さん? 魔女のコスプレですか? 今日はハロウィンじゃないですよね?」
「ハロウィンと似たようなものだと思ってくださいな。今夜は魔法の一夜なんです。莉夜さん、あなたはこれから綺麗なドレスを着てガラスの靴をはいて、ガラスの宮殿ならぬガラスっぽく見える合成樹脂の宮殿に行って舞踏会に参加するのです」
「ガラスの宮殿じゃなくて合成樹脂っていうのが、その時点でなんか怪しいんですが」
「外見だけで判断してはいけませんよ。莉夜さん、あなただって、これまでの人生、外見で散々損をしてきたはずです」
「……ま、まぁね」
「そんな、ブスで良い服を買うお金も無く、それ以前にファッションセンスも無くメガネもダサくて似合っておらず三〇歳過ぎてもいまだ彼氏いない歴イコール年齢で処女で、ブスのコンプレックスによる僻みで性格まで歪んでしまっていて、しかもパート労働者という、どうしようもなクズ女の莉夜さんに魔法の一夜という好機なのです」
「じ、事実だけど、なんで私の個人情報をそこまで知っているのよ?」
「魔女ですから。何でもお見通しです」
「自虐で言うのではなく他人から言われたのでは、ムカつくわね」
「でも、そんな底辺の莉夜さんだからこそ、魔法の一夜でのサクセスストーリーの振れ幅の大きさを味わうことができるのです。さあ、これが魔法です」
「……えっ、うそっ!? ほ、本当に私のジャージが綺麗なドレスになった。それにガラスの靴まで」
「鏡を見てごらんなさい」
「な、何これ。肌もきれいだし、唇も小さめでツヤツヤで、目もぱっちりで睫毛長いし、美人になっている。嘘みたい。あ、でも、なんかちょっと違和感があるかも」
「そのダサいメガネを外したら完璧な美人になれますよ」
「で、でも。メガネを外したら乱視が」
「試しにメガネを外して、鏡を見てみなさい」
「あっ、本当に美人になった。すごーい。物の見え方はメガネがある時よりやっぱり変だけど、それでも裸眼の時よりはマシだから、これならメガネ無しでも行動できるかも。お婆さん、本当に魔女だったんだ」
「やっと信じてくれましたか? それでは莉夜さん、ウマのネズミ車に乗って宮殿に向かってもらいますよ」
「あれ? ネズミの馬車、でしょ?」
「いいえ違います。ネズミに魔法をかけてウマに変身させて馬車を引かせるのではありません。ウマに魔法をかけてネズミに変身させて、車を引かせるから馬車ならぬネズミ車です」
「いや、、、、それは変でしょ」
「何度も申しております通り、外見だけで判断してはいけません」
「まあ移動手段はモノレールでもトラクターでも何でもいいわ。その、合成樹脂とやらの宮殿へ行って、舞踏会に参加すればいいのね」
「注意事項があります。シンデレラですから、当然この魔法は深夜零時に解けてしまいますからね。魔法が解けてしまえば、莉夜さん、あなたは元のブスに逆戻りです」
「ブスって言うなよ」
「ですから、魔法が解ける前に宮殿を出てしまう必要があります」
「あー、じゃあ、11時59分くらいには退出しなければならないってことね。スマホのアラームをセットしておくかな」
「それでは間に合いません。宮殿に行くには、かなり長い階段を昇って行くことになります。つまり帰る時には、逆にその長い階段を一番下まで降り切る必要があります。途中、半分の所に踊り場があります。上から下まで降るのに、履き慣れた靴でかなり急いで走っても3分かかります」
「……それ、エレベーターとか無いの?」
「ですから、11時57分には、ガラスの靴だけ魔法が解けて、莉夜さんが履き慣れているスニーカーに戻るように設定してあります。それでも全力で走らないとギリギリなので、最後の3分間は全力で頑張って走ってください」
「…………って、本当にエレベーター無いとか、あり得ないわ。マジ階段長すぎ……」
「……いらっしゃいませ。招待状はお持ちですか?」
「へ? そんなの必要なの? 聞いてないんですが……」
「招待状をお持ちでないなら、Uターンしてお帰りください」
「ちょ! 待てって! 長い階段をやっと昇って来たのに! 私はシンデレラだぞ! いいからさっさと王子様を出せよ!」
「やかましいから騒がないでください。そもそもこの舞踏会の主催者は王子様ではありません。そんなことも知らずに来たんですか?」
「えっ? 王子様じゃないなら、誰だっていうのよ?」
「石油王さまです」
「え? マジで?」
「石油で製造した合成樹脂の宮殿がその証。そんなことも分からないのですか」
「いや分からねえよ。そんなところを石油製品で頑張るよりも、オイルマネーで金閣寺でも建てろよ」
「何をやっているのかね? 騒がしいぞ」
「あっ、石油王さま……」
「えっ、この人が石油王なの? マジでイケメンじゃん。身長も高いし」
「石油王さま、この女性は招待状が無いにもかかわらず舞踏会に侵入しようとしておりまして……」
「構わない。彼女は美しい目をしている。……ボクは、あなたと踊りたい。ご一緒していただけますか?」
「な……なにこの超展開……オンラインゲームを一緒にプレイしてる相手に好きなアイドルを言ったら実は相手がその本人で付き合うことになる、くらいの飛躍じゃね?」
「な、何を言っているのですか、我がガラスの靴の姫。今夜は魔法の一夜です。ささ、こちらへ。ボクとともに踊りましょう」
「マ、マジですか……見渡してみたら舞踏会の参加者の女性、私以上の美人ばっかりですよね? 私でいいんですか?」
「我がガラスの靴の姫。あなたの目は美しい。そして、ここではない、どこか遠い未来を見ているような眼差しをしている」
「そ、それって乱視で焦点が合っていないせいなんじゃ……」
「それに、ボクは外見だけで人を判断するようなことは、したくない。美しいだけの女性なら、確かにたくさんいます。でも、そういう女性は、ボクのことを上辺だけで判断する傾向があって、最近ちょっと辟易しているのです。美しいことが悪いことだとは言いません。ですが、我がガラスの靴の姫よ、あなたは外見だけで人を判断するようなことを、してほしくないのです」
「……外見だけで判断されて損ばかりしている人が可哀想だものね」
「ああ、やはりボクの目に狂いは無かった。やっと、外見だけで判断しない女性に巡り会うことができた」
「いやまあ、そりゃ、外見だって最も外側の内面だ、って言われていますけどね。……って、ガラスの靴がスニーカーに戻っちゃった! もう?」
「あっ、我がガラスの靴の姫! どこへ行くのですか! 待って!」
「待てないから! 魔法が解けちゃう! 残り3分!」
「ま、待って……」
「魔法が解けたら、元の……bs……に戻っちゃう……へぇ、へぇ、マジ階段長いゎ……やっと半分の踊り場かょ……」
「ま、待って、我がガラスの靴の姫! 次にまた、会えますか?」
「だから、会えるか、どうかは、ガラスの靴を、手がかりにして、探して、くれれば……って、おい! 魔女のババア! 出て来いやぁ!」
「……そんな大声で叫ばなくても聞こえていますって」
「おいババア! 気を利かせたつもりか、ガラスの靴が最後の3分間は履き慣れたスニーカーに戻ってしまう設定、マズいんじゃないの?」
「ババア、ババアって、うるさいですよ。莉夜さんだって、三十路過ぎなんだから立派なBBAでしょ」
「それはいいから! シンデレラって、帰る途中でガラスの靴を片方落として、それを手がかりにして王子様と結ばれるって話だったじゃん! ガラスの靴がスニーカーに戻っちゃったら、石油王さまと再会できないんじゃないの? これ、バグでしょ!」
「……そんなこと言っている場合じゃないんじゃないんですか? 階段はまだ半分ですよ。魔法が解けたらブスな三十路BBAに逆戻りですからね」
「だからブスとかBBAとか言うなよ! どうすんのよ!」
「もう、どうしようもありませんね。踊り場で立ち止まって無駄話をして時間を浪費してしまいました。今から走っても、零時までに階段を降り切るのは無理でしょう」
「え? どうすんのよ?」
「だからどうしようもありませんって。魔女の役割はここまでです。さよなら」
「あ……投げっぱなしかよ! 無責任な……」
「我がガラスの靴の姫! やっと追い付いた……」
「や、やめて、石油王さま! 零時の鐘が鳴っちゃったから、もう魔法が解けちゃった。ブスな私を見ないで!」
「なんと? 我がガラスの靴の姫……あなたも、魔法の一夜によって変身していたというのですか?」
「え? 『あなたも』ってことは、もしかして……」
「すみません。ボクは背丈もチビだし、はっきり言ってブサメンの、ただの石油王でしかないんです。騙すつもりは無かったのですが、魔法の一夜ということで、つい、調子に乗ってしまって……」
「でもそれはお互い様、ですね。さっき言いましたよね。私もあなたも、人を外見だけで判断しない。あなたがどんなにブサメンでも、ただの石油王であるだけで十分ですから」
合成樹脂のシンデレラ kanegon @1234aiueo
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