年越しカップ蕎麦
山村 草
今年最後の食事は
年のはじめ、元日、しかも年が変わった瞬間に初詣したいという輩は多い。
だからこうして初詣客が車を停める駐車場の交通整理というアルバイトもあるわけで、暇な年末年始を小遣い稼ぎをして過ごそうなんていう自分みたいな奴もいる。
「おーい。蕎麦食っとけよー」
わざわざ年末の最終日の真夜中に出掛けようなんて輩の気は知れないがそんな奴らは沢山いて、この神社(有名所でもなく、かと言って地方の寒村にある神主の常駐しないような神社ほど寂れてもなく、有名でこそないが近場に目ぼしい神社がないから人が集まってくる程度の神社である)には年が開ける前から参拝客の車でごった返している。
そんなこの神社の年末バイトにはある決まりがある。それが、休憩時間にカップ蕎麦が振る舞われる、というものらしい。年越しそばのつもりだろう。自分はここでバイトするのは初めてなのでそんな慣例があるというのをついさっき耳にした。
折角なのでカップ蕎麦の蓋を開け湯を注ぐ。この辺えらく気が利いているのだが、ちゃんとバイト全員(軽く20人以上はいる。もちろん交通整理以外の仕事もある)が食べる事が出来るよう電気ポットが10は並んでいる。どれも湯は満タンに近く入っている。まだ数人しか食べていないらしい。
湯を注いだカップに財布を重しに三分をぼーっと待つ。気が利かないとすればこれが口の広い定番のカップ蕎麦ではなく〇〇ヌードルとかと同じ形状のカップの商品な事である。メーカー名は聞いた事がない。どうせ安いのを箱買いで仕入れて来たのだろう。
出来上がるまでの三分は呆けているうちにあっと言う間に過ぎてしまった。蓋を取り箸で混ぜる。湯気に混じって出汁と醤油の臭いが鼻をくすぐる。
そう、今日は妙に寒いのだ。
氷が張るような寒さではないがそれでもなんだか冷える。だからこの温かい汁が嬉しい。
粗熱を息を吹きかけて飛ばしながら麺を啜る。元々カップ麺は蕎麦よりうどん派だがこれはこれで美味い。大手メーカーの名前が無いとは言えこれは侮り難い美味さだ。
思えばこれが今年最後の食事なのである。年越しそばがカップ麺と言うのはなんともさもしいものではあるが、寒い体にこの温かさがありがたい。
気付くと作った時間よりも短い時間で平らげてしまっていた。何となく物足りない。出来ればあと二つくらいは欲しいのだが。
「お、食ったか? すまんがこっち手伝ってくれや」
交通整理組のリーダー(アラシックスティ。なのに妙に元気で力強さを持ったおじさんである)が休憩室に顔を出す。
僕は名残り惜しさを振り払ってそのおじさんの後を追った。
年越しカップ蕎麦 山村 草 @SouYamamura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます