あと三分

蒼宙

あと三分

 ──暗い空間を進み真正面に帰るべき故郷を捉える小さな船に通信が届く。

『こちら相模原、着陸まで一時間を切ったがどうだ?』

 それに返す気だるげな男の声。

「あー、こちら船内。だ、そうだがみんなはどうだ?」

 そしてそれに続く三人の男女の声。

「ちょこっと狭いですけど乗り心地は悪くないですね」

「管制官さん、実験飛行で日本人しかいないからって日本語は不味いと思うんですけど......?」

「そう言うこと聞いてるんじゃないでしょ.......。みんな緊張は全くしてないみたいですけれど」

『悪かったな日本語で。そんなこと言ってる間に大気圏再突入まで五分を切ったぞ。最終チェックだ、いいか──』


 ***


 これは25年前の20XX年に初飛行を迎えた純日本製有人宇宙船「びわ」実験機の大気圏再突入時の通信音声である。

 本来公開されるものではないが、クルーと管制官、そして機関の許可を得て本日、テレビ初公開されているものだ。意外と砕けた口調だと感じる人も多いだろう。当時も既に宇宙船のほとんどの機構はAI(人工知能)によって制御されており、この通信がその動作のチェックやクルーの精神状態チェック用としてのものであるからだ。まあ、本来はこういった通信は世界的には日本語ではなく英語での通信が基本であるようだが。この場面の先にある音声は宇宙船本体に関わる重要な機密として提供されなかった。さて、続きを聞くことにしよう。ここからは再現映像と画面下の注釈で解説する。なお、実名部分等は本人たちの意向で消しています。

 したがって出てきた順にA,B,C,Dと仮名を付けていきます。


 ***


 A「──以上、降下システム異常なし。再突入まであとどのくらいだ?」

『後何分だ?ええと、ちょうど三分だな。準備はいいか?』

 B「その不安を煽るようなセリフやめてくださいよ」

 D「まあまあ、何が起こるか分からないっていうのも事実ですし」

『それを自分で言っていくのか......』

 C「私はどうせ最後なので関係ないですけどねぇ。人生最後の無重力を楽しみたいですけれども」

 ※この飛行士の男性(50歳 当時)は累計宇宙滞在時間の関係でこれが最終フライトになった。

 B「ああ、そういえばCさんってもうそんなに宇宙にいたんでしたっけ」

 C「君たちもいつかはこうなるんじゃないかな。って思ったけど放射線の完全カットとか出来たら制限とか無くなるのかな?」

 D「できるとしても当分は後ですよ。わたし達は間に合わなさそうです」

『AとかBさんとかなら間に合うかなぁ。というか楽しむとか言ってももうベルトで括りつけられてますけど......』

 A「それでも結構宇宙にいるってのは体感できるんだな」


 ***


 B「再突入ってまだですか?だんだん緊張してきちゃったんですけど」

 D「大丈夫大丈夫、何かあってもなにも気づかず終わるから」

 B「まったく安心できないんですけど⁉」

 A「こ、怖がらせないでもらえますかDさん」

 C「震えてるけど大丈夫かい?」

『もうすぐ通信が......る...事で...』(再突入の開始)


 これがびわ実験機の通信内容である。こうして聞いてみると大体がただの雑談であったが、この20年ほど前のソユーズなどと比較してもシステムは大分簡略化されているようである。また、宇宙旅行を一躍ブームにしたこの「びわ」もこうした実証があったようだ。

 ここまで、世界、日本の人宇宙飛行の歴史を見てきたがどうだったであろうか。現代の宇宙旅行の感覚で海外旅行をしていた50年前とは大きく異なる感覚で宇宙を感じる今との違いなどを知っていただけたらと思う。

 それでは、また次回の放送でお会いしましょう。

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あと三分 蒼宙 @sky_0

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