俺の妹が尊すぎて困る

ユメしばい

最終奥義アルティメット・ジャッジメント

「勇者よ、なかなかやるではないか。だが、これで終わりだ」


「クッ……どういうことだ!」


 彼らは今、魔王の城で最後の戦いをしている。

 お互い満身創痍で、一対一の戦い。

 勇者以外の仲間は全員死亡した。無論、魔王の軍勢も、一匹も残らずに死亡。

 そんな壮絶極まりない戦いが、この場所で繰り広げられている。


「先ほどだが、 最終奥義、究極アルティメット審判ジャッジメントを唱えてやったのだ。ククク、この世界はあと3分で塵と化す」


「そ、そんな……ッ。まて、それだとお前も無事では、」


「我にはバリアがある」


「じ、自分だけMPを残してたなんてずるいぞ!」


「なんとでも言うがよい。塵と化した世界でいちからこの世界を作り直してやる」


「クッ、ならば俺はとっておきのアイテムを使わせてもらう!」


「なにっ!!」


 勇者はズボンのポケットから何かを取り出した。

 それは、どこにでもあるような、片手サイズの丸い玉だった。


「聞いて驚け、この玉はなんでも夢が叶う玉だ。俺はこいつを使って、お前の術を止めし世界に平和をもたらさんとする者を呼び出す!」


「まさかッ、善悪すべてを統べる者として名高い、極界の堕天使アルマテウスを召喚するとでも……ッ」


「フフフ、そうかもしれん。だが残念なことにそれはランダムだ。ただひとつ言えることは、お前の術を止めし世界に平和をもたらさんとする者が必ず現れるということだ。知りたくばこの玉にでも聞いてくれ」


「そ、そうはさせるか!」


「もう遅い!」


 勇者は地面に向かってそれを投げた。

 すると、虹色の光が飛び出すと共に、ちいさな物体が現れた。


 それは――、


「はううっ、ゴホッ、ゴホッ、もーなにこのけむりー……あ。あれー、ひょっとしてお兄ちゃん?」


 少女であった。

 彼女の名前は、木下芽依メイ

 短いおさげ髪がとても愛らしい、勇者の5歳年下で中学二年生の、妹である。


「め、芽依! なんでお前がここに……」


 芽依は、つっけんどんな兄の言い草に、可愛らしげな面をぷうっと膨らませながらアニメ声で、


「それはこっちのセリフだよお兄ちゃん! 夕飯前に帰らないとまたお母さん門限門限ってうるさいし、ヘンな所に呼び出してもらっちゃ困るんだからねー! それにしてもここどこなのぉ?」


 魔王が、


「お、おい……そいつは、貴様の妹か?」


「あ、お兄ちゃん誰このひとー? 芽依頭から角生やしてる人はじめてみるよー、ねえお兄ちゃぁん、このひと紹介してよぉ」


 実のところ、勇者は妹のことが好きすぎて、生まれてこのかた19年間、童貞を守り続けている。

 勇者は、魔王の手前もあり、心とは裏腹な気持ちですげなく、


「ああ、こいつは魔王だ。おい魔王、こいつは俺の妹の芽依だ」


 魔王がいきなりの紹介に対処しきれずにいると、


「魔王さんはじめましてぇー、妹の芽依です。いつも兄がお世話になっております」


「いや……こちらこそ」


「それで突然でなんですけどー、その頭の角、触らせてもらってもよろしいでしょうかー」


「あ、ああ……」


 芽依は体全体を使って喜びを表現し、


「やったあ! じゃー今からそっちに行きますねー」


「ま、まて妹よ! そいつはこれまで数億もの人間を殺してきた残虐非道の魔王でお前など一瞬で消し炭に――」


「わーかっこいいー! これ本物ですかあ? いいなー芽依も欲しいなぁ。ねー魔王さぁん、どうやったら芽依にも生えてきますかあ?」


 魔王は血走った目で固唾を飲み込み、


「か、簡単だ、我と契りを交わせば――、」


「それ以上言ったらぶっ殺すぞ魔王!」


「ま、まて勇者、我はただ質問に答えただけで、」


 芽依は後を振り返り、兄に向かって唇を尖らせながら、


「もーいま角の生やしかた聞いてるんだから邪魔しないでよお兄ちゃぁん」


「そんなの一生はやさんでいい!」


「ふえーん、お兄ちゃんが芽依のこと怒ったあ、もうお兄ちゃんなんか知らなぁい!」


「あ、いや、芽依、お兄ちゃんはただ、お前が悪の手先にでもなったら母さんにどう言い訳を――、」


「フハハ、どうやら嫌われてしまったようだな、勇者よ」


「だ、黙れ! そもそもお前がいい気になって角を見せびらかすからこんなことに」


 芽依は、兄の呆れたものの言い草に眉を吊り上げ、


「魔王さんは悪くないんだからねお兄ちゃん! そんなこと言ったら、今日から魔王さんの妹になっちゃうんだから!」


「め、芽依ちゃん……とやら、それは本気なのかい?」


「気はたしかか魔王! 天下無双と恐れられ、雌雄を決する戦いを俺と交わしたやつがそんなこと真に受けるなんて――、」


 芽依は、キラキラとした大粒の瞳で魔王を見ながら、身をくねらせ、


「どっちだと思う? 魔王おにいちゃぁん」


「芽依いいいいいいいいいいいいいい!」


 勇者の絶叫は城内を駆け巡り、魔王は泡を吹いて気絶していた。

 だが、魔王はすぐに起き上がり、片膝をついて芽依の両手を握りしめ、


「芽依ちゃん、よければもう一度我のことを、お、お、お兄ちゃんと呼んでくれないだろうか」


「見損なったぞ魔王! 暗黒界随一と謳われし屈強たる戦士たちの軍勢をたった一代で築き上げた、才華爛発さいからんぱつと言われるほどの漢が、そのような戯言を――、」


「魔王おにいちゃぁん、芽依にも角の生やし方教えてほしいなあ」


「芽依いいいいいいいいいいいいいい!」


 魔王は気絶してぶっ倒れた状態でピクピクと痙攣しており、一方、勇者は地面に両手をつき、滂沱と泣いている。


 やがて勇者はフラフラになりながら立ち上がり、


「そ、そういえば魔王、すっかり忘れていたが、あの術の発動まで、あと何分だ?」


 魔王は仰向けのまま目を開き、


「残り10秒だ」


「み、みろ芽依! こいつは世界を滅ぼす術を施した最悪最低の穢れし悪魔なんだ! そんなやつのことを、そんなやつのことをお兄ちゃんなどと――、」


「えー魔王おにいちゃん、世界が滅んじゃったらもう芽依と遊べなくなるよぉ? 芽依とあんなことやこんなことしたくないの、魔王おにいちゃぁん」


「解除した」


「ファッ? い、今なんて……」


「危うかったが、残りコンマ2秒のところで解除した」


 魔王の目は、嘘偽りのない真剣な光を帯びていた。

 芽依は今日一番のとびっきりの笑顔で魔王に抱きつき、


「ほんとにぃ? ありがとう、魔王おにいちゃぁん!」


「滅んでええええこの世なんか今すぐ滅んでええええ!」


 魔王は、項垂れる勇者に近づき、肩に手を置き、


「今日から貴様のことを、お義兄さん、と呼ばせてもらってもよいか」


「今すぐ誰か殺してええええ誰でもいいからこいつ殺してええええ!」


「昨日の敵は今日の友、というではないか」


「今日あんたに初めて会ったばっかなんですけどおおおお!」


「魔王おにいちゃんの言う通りだよお兄ちゃぁん、仲良くしないと芽依またお兄ちゃんのこと嫌いになっちゃうよ?」


「らめえええそれだけは絶対らめえええ!」


「義兄さん」


「しれっと言わんといてえええてかお前キャラ変わり過ぎいいい!」


 ともあれ、こうして世界は、勇者の妹の手によって、救われた。


 ひとつ言えることは、妹という存在は、尊いのである。

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