優秀な探偵にミステリーは書けない

うたう

優秀な探偵にミステリーは書けない

 以前、君には文才がないというようなことを言ったがね、あれは間違いだった。君の新作のミステリー、悪くないぞ。ああ、まだすべて読み終えてはいないがね。これまでのところ、すごくいい。

 ちなみに犯人は、このキャサリンとか言うメイドかね? やはりな。なに、気にすることはないぞ。私は優秀な探偵だからな。作り話の殺人事件だって、たちどころに犯人を見つけてしまう。いや、むしろ意図的にヒントが散りばめられている分、実際の事件よりも簡単なくらいなのだよ。だが普通の人間なら気づかん。心配はいらんよ。

 しかし、動機はなんだ? 痴情のもつれか? なるほど! 親の仇か。館の主は篤志家であるように振る舞っていたが、かつては強盗だったという過去があるのだな。キャサリンはそのことを知って、復讐の機会を伺うためにメイドとして潜り込んだ。ならば、探偵はキャサリンの心情に寄り添ったほうがいいな。

 なにを書いているのかって? 気にするな。感想文みたいなものだ。

 事件が起きた町の名前は、スティールシティーだったと思うが、スペルはどうだったかね? ありがとう。Aが入るほうだな。

 ところで、君。あと三分でこの世界に終わりが訪れるとしたら、どうするかね? 私はね、事件を探しにいくよ。そして見つけて、解決するよ。ああ、三分では見つからないかもしれない。見つけたところで、解決は難しいだろう。でもね、終わりが来るその瞬間まで、私は探偵でいたいのだよ。人の気持ちに寄り添う探偵でありたいのだよ。

 そうか、三分間、物語を紡ぎ続けるか。職種は違えど、君と私は同じだな。しかし、いいのか? その三分間を恋人のフィオナ嬢と過ごさなくて。ふむ、君の小説にかける意気込みに敬意を表して、フィオナ嬢には内緒にしておこう。男というのは生き様にこだわるものだからな。

 ときに、良い報せと悪い報せがあるのだが、どちらから聞きたいかね? そう身構えるでない。悪いと言っても、たいしたことはない。ふむ、悪い報せからでいいのだな。

 ロンドンの天気は変わりやすいと言うが、まったく困ったものだ。おかげで、読んで欲しいと君から預かっていた原稿はこのとおり、窓辺の机の上に置いていたせいでインクが滲んでしまっている。だが安心したまえ。読み終えていた、半分以上は別の所に置いていたから無事だ。ああ、悪いと思ってね、なんとか後半部分の修復を試みはしたのだよ。

 私は探偵だ。それも優秀なね。だから推理小説は半分も読めば、誰が犯人だかわかる。推理小説というのは結末で謎を解き明かす物語だ。しかし、それが難しい。どうやら私に推理小説は書けないようだ。事件の謎を終盤までもったいぶるということができんのだ。犯人が誰でどういうトリックを用いたのか書きたくなる衝動を抑えきれない。ひょっとすると探偵とミステリー作家は、近いようで遠いところにいる存在なのかもしれんな。

 ああ、書いていたのは、感想文ではない。君の小説の後半部分だよ。私は君よりも流麗な文章を書くが、先程述べたように私は推理小説には向いていない。悪いが、君がもう一度書き直してくれ。いや、本当にすまないと思っている。しかし君の頭の中から溢れ出てきた物語だ。もう一度絞り出すのくらい造作もないことだろう。なに? そう簡単なことではない。そうか、申し訳ない。

 ああ、そうだ。良い報せもある。さっき、この世界があと三分で終わるとしたらという話をしたが、安心したまえ。君に残された時間は三分どころではない。失われた小説の後半部分を書き直して、さらに新作をいくつも生み出せるだけの時間が君には残されているのだ。時間は十二分にある。さあ、書き直そう!

 ああ、怒らないでくれ。君の新作が悪くないと言ったのは、本当なんだ。それだけは信じてもらいたい。許されたくて言っているんじゃない! 本当だ!

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