イベント終了直前:最後の三分間

砂塔ろうか

最後の三分間『イベントクエスト攻略編』

 ――全て、私が悪い。

「周回必須だけど、まぁこのくらいのイベントならよゆーよゆー」

 ――三毒が一つ、

「最近ログインしてないけど、なんとかなるっしょ」

 ――五悪が一つ、妄語。

「なんかもう色々めんどいから明日の自分に任せた」

 ――七つの大罪septem peccata mortaliaが一つ、怠惰acedia

 これらを放っておいたばかりに、私は、私は――

「うぉぉぉぉぉぉ!! 終わらねぇっぇぇぇ!」

 イベント終了まであと三分になった今、手汗まみれの手でスマホ画面を連打するハメになっている!

 電車の中で、食い入るようにスマホに見入っている、ちょっと危ない感じの人を見かけることがあるかもしれない。今の私はまさにそれだ。

(は、はよせんかいっ……! 画面遷移……っ! アニメーション演出とかいらんから、パーティー編成画面にいかんくてええから、はよクエスト開始せぇっ! 今のなぁ、今のワイにはなぁ、一分一秒が惜しいんじゃ……!)

 タップ。タップ。タップ。風雅なイベントクエスト開始演出がゆったり流れるのとは裏腹に、心は焦る。

 現状の手持ちで組める最善の周回パーティーで挑むバトルは既にルーチンの連続で、遊びという言葉よりも、作業という言葉のほうが適当な表現になるだろう。

(スキル使ってチャージ、自爆でメンツ交代……次)

(スキルでチャージ……バフ重ねて、目標をターゲットして攻撃……残党は殴って処理……次)

(バフ……バフ……バフ……攻撃……クエストクリアっ!)

 今日一日で既に百回は見たバトルを決まりきった手順でクリアし、やはり百回は見たリザルト画面を連打して先へ進める。一箇でも多くクエストをクリアしてクエスト報酬を獲得しなくてはならない今の私は半ば無心でひたすら画面をタップするのみ。

 時間を確認する。イベント終了まであと一分。

 残された時間はもう残り僅か。だがこれなら、滑り込みでメンテナンス直前にクエストを開始するくらいはできるだろう。

 クエスト途中にアプリを終了した場合、たとえそれが終了したイベントのクエストであっても、次にゲームを起動した時にクエストをクリアしてクエスト報酬を受け取ることができる。幸い、イベント報酬の交換期限はイベント終了の二週間後。

 交換それ自体は余裕をもって行うことができる。

 今回のことで、ゲームのイベント関連のあれそれは計画的に行うべきだと痛感した私に、もはや油断はないのだ。

(まあ、この感じなら何とかなる……かな)

 焦燥に満ちた心がかすかに弛緩する。その時だった。

 ――キキーッ!

 電車が停まった。駅についたのではない。

 急停車したのだ。

 この路線は人身事故で電車が急停車することが、ままあるのだ。今回もそれだろう――。

 身体が強く揺れる。

 心の弛緩によって力の抜けていた手は、手汗だらけということもあってか、滑り落ちるスマホをホールドしておけない。

 するりと手の中をすり抜けて、命綱にも思えたイヤホンはあっさりとすっぽ抜けて、スマホの角が膝にヒット。

 跳ねるスマホ。

 走る痛覚。

 直感から目を向けた先、スマホが落下する。

 電車の床へと、ディスプレイ側を下にして滑りゆく。

 手を伸ばす。

 体を屈めて、スマホを取ろうと、手を開く。

 そして、閉じる。

 こつ、と爪の先がスマホの表面にこすれる感触を覚える。

 ――トッ。

 スマホは、落ちていた。

(あ、まずい……)

 床に手がつくことも気にせずに這って、スマホを取る。画面を見る。

「………っ」

 スマホは、スリープ状態になっていた。

 電源ボタンを押す。

 パスコードの入力なんてしてられない。指紋認証でロックを解除……しかし。

(「指紋を読み取れません」……っ!? こんなときに!)

 パスコードを入力せざるをおえなくなった。

 若干重いIMEが起動して、日本語入力モードから英字入力モードに手動で切り替える。焦る。

 一文字一文字、間違えぬように慎重に入力する。

 その指運にいらだちを覚える。

 すべて入力して、ロックを解除すると――

 幸いにも、すぐにゲーム画面に復帰できた。

 時間はわからない。だが、きっともう三十秒と残ってはいまい。

 イベントクエスト選択画面から周回クエストを選び、フレンドをロクに見ずに選んでパーティー編成画面へ。

 あとは、あとはついに「クエスト開始」のボタンを押すだけになった。

 ――思えば、ここまで長かった。

 本来ならば二週間の間に少しずつすすめるべきイベントを二日半でなんとかしようとする凶行。それがいま、達成されようとしている。

 感動に打ち震え、私は「クエスト開始」ボタンをタップ――した、はずだ。

 その時は、どうなったか、分からなかった。

 スマホの画面が突如、真っ暗になったのだ。

 僅かな振動とともに、真っ暗な画面に表示されたそのアイコンの意味するところは一つ――充電切れ。

「は…………?」

 ……かくして、私のイベント最後の三分間は幕を閉じた。


 ちなみに二週間後。アプリを起動してみたら、先々週に終わったイベントクエストの途中だったことに私は面食らうのだが、それは別の話。

 イベント最後の三分間『報酬受け取り編』の話である。

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