第26話 私は貝になりたい
今朝暇だったので、初めてカクヨムのランキングを見てみた。正直、唖然としてしまった。元々、詳しくは見てなかったのだが、小説家になろうを抜けたのは、余りにもサイトの趣向と合わないからだった。
しかし、カクヨムのランキングを見て、なろうと同じ様な内容だったのか・・・と今頃気づいたのである。もしかしたら、最初からそうだったのかもしれない。プラットフォームが違っていた所だけを見て参加を決めたのを覚えている。
小説界のことを私は殆ど知らない。何故なら、そういうものに興味はないから。なら、何故小説を書こうとするのか?と聞かれるのだろうが、それは、この世界が聖書という小説から始まっていると思うからだ。
つまり、この世界を変える術として密かに思うからである。別のサイトではエッセイ形式で発表したが、殆ど通じないことが改めて分かったので、これからは物語形式に変えようと思ったのだ。
それは、最初からそう思ってはいたのだが、エッセイ形式は単刀直入であり、物語だと例え話になるので非常に面倒だと思ったから、出来ればエッセイで済ませようと思ったに過ぎないのだった。
それは淡い期待であり、当初から難しいと覚悟はしていたことでもある。
小説は時代を反映する。最近は本を読まなくなったとは言え、やはり時代を知ることが出来ると考えている。そして、私がネット小説サイトで目にしたランキングは、私を愕然とさせたということである。
異世界ものや転生ものといった現実逃避の作品で溢れているのである。別にそれを書く人をどうこう言うのではない。もちろん、それを多くの人が望んで居るとも思ってはいないが、現実世界を変えようとするものが一切ランキングに入らないのは非常にまずいと思うわけだ。
そこで表題にある「私は貝になりたい」という映画を思い出したのだ。私が見たのはフランキー堺さんが主演だったので1959年版である。それは奇しくも私が生まれた年に作られた映画であり、見たのは小学生の時だったと思う。
これまでに山の様に映画を見てきたが、半世紀ほど経っても覚えているということは、当時の私に相当なインパクトを及ぼしたのではないかと思う。Wikipediaに依れば、主人公はC級戦犯であったと書かれているが、私の亡き父はビルマでA級戦犯で死刑判決を受けていたのである。
その父が何故、死刑を免れたかは奇跡という言葉では語れない話であり、出来れば、そういう映画を作ってほしいと思うわけである。
自分の思うようにならないから人間じゃなく貝になる。今やライトノベルでは色んなものに転生しているようだし、どんどん異世界へと逃げているわけである。
こういう状況を垣間見るにつけ思い出されるのは「マトリックス」という米国映画である。20世紀の貝になりたいから、さらに進化してマトリックスというシステムに支配される人間が描かれている。最も驚いたのは、人間がコンピュータの電源に成り下がっていたことであり、脳を支配されることによって、それに気づかない状況になっていることであった。
仮想世界と現実世界の堺は今や曖昧である。自分が生きているのか死んでいるのかわからない人も多いのではないだろうか。もちろん、多くの人は何をもって生きているとか死んでいるとは認識するなど考えたこともないだろう。
何故そうなるのかと言えば、全てを与えられるからである。与えられたもので全てを見れば、与えた者に支配されるということなのである。知識や情報に支配される現代人は、知識や情報をもたらす文字によって支配されている。
それはマトリックスであり、知識や情報を欲する以上、そこから逃れることは出来ないと思う。そして、何も考えられなくなると、貝になるしか手はなくなる。
そんなバカな話はないと思う。では、何故、そういうバカな話になるのか?
それは、自分の心地良いものだけを求めるからなのである。人間には喜怒哀楽という感情があり、これによって人間は人間をして生きていけるのである。しかし、喜びや楽しみと違って、怒りや哀しみは苦痛を伴うのである。
その苦痛が多過ぎると、それに耐えれなくなり逃げることで、人間としての資質を失うことになるのである。では、何故耐えれないかと言えば、頭を使わないからということである。
しかし、多くの人は相当に勉強してきたから頭を使っていると思っている。そこが大間違いといえるだろう。その間違いに気づかないことでバカな結末を迎えるのである。
マトリックスとは何なのか?
映画では明快な答えを出していないが、マトリックスとは国家である。われわれ人間を食い物にして存在するのは国家である。こういうことをズバッという人間は殆どいないだろう。
別に信じなくても、何れ分かるのではないかと思う。もちろん、分かった時には貝になるしかないわけで、それは、誰かにそうされたのではなく、自分自身で貝になる道を選んだということを忘れてはいけない。
今、こういうことをどういう物語にしようかと思案中である。今や私のエッセイはここだけであり、こうしたエッセイを物語に翻訳することをここでやっていきたいと思う。
そういう話にも興味があるが、やはり、人間にとって最も重要な話は恋愛だと思っている。そして、今日、エブリスタという小説サイトを見つけたので、ここで書こうとしていた恋愛ものはエブリスタで書こうと思う。
構想は沢山あるし、後は書くだけなのだが・・・・
私は、小説を書いていると眠くなるという小説家としては致命的な性質を持っている。でも、それはまだまだ面白い話が書けていないと証だと思う。面白い構想は山の様にあるので、いつの日か寝る間も惜しんで書く日が来るかもしれない。
還暦のつぶやき 瀬田 乃安 @setanoan
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