女子高生忍者ヌエ~ラストチャンス!最後の3分間~

椎慕 渦

女子高生忍者ヌエ~ラストチャンス!最後の3分間~


今にも消え入りそうにゆらめく一本の蝋燭の炎が、深夜の道場の闇を心細く照らしている。板敷の上であたしは居住まいをただした。時刻は・・・深夜23時55分を過ぎているだろう。あと4分、いや、3分か?3分であたしの14年間にケリがつく。

勝利か、挫折か。


あたしの名はヌエ。苗字は・・・忘れてしまった。山田とか佐藤とか10個くらいあったような気がするが、とにかく”ヌエ”だ。


普通の子と同じように幼稚園小学中学に通う影で、あたしはある”修業”をしてきた。”シノビの修業”を。シノビと言うのは・・・わかるだろ?アレだよアレ。

そのシノビになりたくてあたしは14年間キッツイ修業に耐えてきたんだ。


でも修業を積むだけではシノビにはなれない。最後に「元服の試練」を突破しなくちゃいけない。免許皆伝の最終テストを。そしていつまでも機会が与えらえる訳でもない。将棋のプロってあるだろ?あれってある年齢までにプロになれなかったら受験資格を失うんだぜ。シノビもそう。14歳を終えるまでに元服の試練を乗り越えなければ、永遠に挑戦の機会を失うんだ。


あたしは14歳。誕生日は3月22日。今は3月21日23時57分。あと3分であたしは15歳になる。だから元服の試練は今宵が最後。これに落ちたら・・・次はない。


目の前の蝋燭が揺らめき、あたしは緊張して膝を立てかけた。消える?だめ!

だが炎はなんとか勢いを取り戻した。元服の試練の課題はこれだ。


「 2 4 時 間  こ の 炎 を 死 守 せ よ 」


この蝋燭に今日の0時ジャストに炎を灯し、それから付きっ切りで見守ってきた。

付け替え用の蝋燭は何本か支給されているが、灯していい炎は”一つだけ”。

インチキすれば即失格となる。


夜明けから昼間、そして日暮れまで攻撃の気配はなかった。その間あたしは蝋燭を付け替えながらこの道場の掃除をしていた。掃除ってのは意外かもしれないけどシノビの防衛術ではかなり重要なんだ。監視カメラや盗聴器と言ったおかしなからくりが仕掛けられていないかを調べるには掃除しながら違和感を拾うのが一番なのさ。バケツに水を汲んで雑巾を搾り、板敷の軋み音を確認しながら水拭きした。そのバケツと雑巾は道場の隅に置いてある。他には何もない。あたしと蝋燭だけだ。


あと2分30秒。そこまでこの炎を守り切れば元服の試練はクリア、あたしはシノビとして認められ・・・右後方!かすかに板敷が軋む音がした!あたしは身を乗り出して蝋燭をかばう、だがフェイクだ、本命は・・・上!見上げた天井の梁に何かの影が乗っているように見える!がそれも違う!次の瞬間あたしの目の前に人影が舞い降りた。


「来たなクソ野郎」あたしは立ち上がった・

「ご挨拶だね ヌエ」そいつは言った。


すらりとした長身にムカつく顔が乗っかっている。髪はダッサイ七三分け、

厭味ったらしい四角の伊達眼鏡の奥から切れ長の目がうすら笑いを浮かべている。


コイツはトビ。小さい頃から共に修業をしてきた幼馴染・・・なわけねぇだろ!

こんな奴!12で元服の試練を一発クリアして、その時あたしは落ちた。

それ以来コノヤローは毎年あたしの邪魔をする。13の時、そして今!


「”君はシノビに向いてない。諦めた方がいい”これを言うのも、

今夜がラストだね、ヌエ」トビは言った。

「そうラストだよ。であたしはシノビになる。あんたのムカつく面を拝まなくても済むわけだ」暗闇の中であたしは立ち上がり左手に蝋燭を持った。

炎は安定している。トビの肩がかすかに揺れた。つむじ風のように右手刀が左の蝋燭に伸びる!あたしは身を翻してトビの胴を回し蹴りで貫こうとするが避けられた!


2020年の現代。シノビと言えども刀や手裏剣は持ち歩けない。

”銃刀法”ってのがあっていろいろ手続きが面倒なんだ。だが鍛え上げた体術は

時に武装を凌駕する。このトビなら5人同時相手も可能だろう。

だがあたしだって!


音もなくにじり寄るトビと間合いを取る。格闘に備えてソックスを脱いでおいて

よかった。素足でないと板敷の上では滑ってしまう。スカートも丈をぎりぎりまで短くしてある。生活指導の教師は怒り狂うだろうが知った事か。

こちとら14年越しの人生目標がかかってるんだ!あと90秒!


暗がりの中でバトルが続く。トビは焦った様子もなく確実に蝋燭を叩き落そうと狙ってくる。左手の蝋燭を守りながら残った右手と両脚だけで相手しなきゃならないのがツライ。忌々しいがこのトビは優秀な手練れだ。だんだん防御にまわる局面が多くなるヤバいマジヤバい!あと1分!こうなったら!


あたしはバク転の姿勢で飛び掛かった!両脚を広げトビの顔を太腿でがっちり挟み、身体をひねって目を白黒させている奴を床になぎ倒す!尻に敷かれたトビは手足をばたつかせてもがいていたが、何とかあたしの股から脱出して部屋の片隅に這いずるように逃げ、オドオドとこっちを見た。


顔が真っ赤になり、ずりおちた眼鏡をくいくいとなんども手で直している。

「きききキミと言う奴は、なななんてはしたないっ、ま丸見えじゃないかっ、

よよくないぞっ」声が上ずって別人のようだ。吹き出しそうになった。

え何コイツ?あたしのパンツ見たくらいでこんなへどもどしちゃってんの?

ちっ、これなら屁の一発でもぶちかましてやるんだった。だが勝った。

あと30秒!これで勝てる!


あたしは左手に蝋燭を掲げ八艘飛びで天井の梁に飛び乗った。下から唇を噛んだトビが見あげている。これで時間切れだ!あと10秒、9,8,7・・・トビがブレザーの内ポケットに手を伸ばすのが見え、次の瞬間空を切る音と共に左手の蝋燭が吹き飛ばされた!ガシャンと言う音と共に道場は暗闇に包まれ、深夜0時の鐘の音が鳴った。





あたしの最後の挑戦、14年目の元服の試練は、終わった。





何処からともなく声がする。「ヌエ、元服の試練、しかと乗り越えた。そなたをシノビとして認める」オヤカタサマの声だ。暗闇に満たされていた辺りにぼんやりと照明が入り、だんだんと明るくなってくる。

呆然と佇むトビの姿が見えた。そして声がする「トビ、手裏剣を使用したな。ルール違反だ。沙汰を待つように」トビは怒鳴った!。あたしがびっくりするほど感情的に。


「そんな事どうでもいい!蝋燭は消した!なぜヌエが合格なんです!?」


「消えてないよ」あたしの声にトビは困惑した表情で応えた「なんだって?」

あたしは部屋の片隅に行き、逆さに被せておいたバケツを持ち上げた。

中に蝋が解け切ろうとしている蝋燭が赤々と灯っているのが現れる。

トビの口があんぐりと開く「炎を・・・増やしたのか?反則じゃないか!」

気色ばむトビに「炎は一つさ、最初から、今でも」あたしは指さした。

一本の苦無手裏剣が突き刺さった黒い板切れータブレットPCーを。

そしてバケツの内側も見せた。あたしのスマホがガムテープで止めてある。


「ITてくのろじーってか?自撮りモードで撮った蝋燭の動画をタブレットに転送した。あんたが手裏剣を投げたのは蝋燭じゃない。ス マ ホ が 映 し た 映 像 だ っ た ん だ よ」トビは黙り込んでバケツの内側のスマホと床のタブレットを見比べている。


「格闘の最中、蝋燭の灯が揺らめかなかったのを怪しむべきだったね。もっともあの暗闇の中じゃーこの黒い板切れを見落としたとしても仕方ないけどね」がっくりと膝をつくトビを眺めたあたしはおもわず口元を手で押さえた。


駄目!もうダメ!無理!我慢できない!


「ぷひゃ~はっはっは!勝った勝った勝った~~~っ!」トビのまわりを盆踊りのポーズでぴょんこぴょんこ跳ねまわる。


「ねえ?ねえ?今どんな気持ち?あんたらしくもない!ご法度の手裏剣まで使っちゃって!それでも負けちゃってねぇどんな気持ち?ぷひゃひゃひゃひゃひゃひゃ~!」笑いすぎて嬉しすぎて涙がにじむ。14年生きてきて最高の気分だ。

毎年毎年毎年あたしがシノビになるのを邪魔してきたこのトビに初めて

一発お見舞いしてやった!


トビはゆっくりと顔をあげた。切れ長の目があたしを見つめる。

瞬間胸の奥が貫かれるようなキモチになった。

なんだ?気圧されてるのか?な、なめんじゃねえ!


「悔しくはないよ・・・ただ、残念だ」トビ

「はん!負け惜しみか?」あたし


「こんな危険な世界へ、大好きな娘が飛び込むなんて、絶対に阻止したかった」

言うやトビは飛び上がり、消えた。


残されたあたしはまだ武者震いが止まらない。道場の扉を開け、表に飛び出し、八艘飛びで瓦屋根の上に駆け登った。真夜中を過ぎた夜空にやけに大きな満月が煌々と輝いている。


15歳になった。

4月から高校生だ。

そしてシノビだ!


屋根瓦に仁王立ちしたあたしはゴリラのようにガッツポーズをして吠えた。


「月よ祝え!女子高生忍者ヌエの誕生だ~っ!ぷひゃはははは~」









・・・ところでトビの奴、最後になんか言わなかったか?








おしまい?

























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