ライデン150、銀河中心核へ!
呑竜
第1話
「ちぇ……あいつけっきょく、最後まで顔も見せないで……」
恒星間バトルシップ、ライデン150の
宇宙港に詰めかけた見送りは、家族や友人、企業関係者や軍関係者も含め総勢1000人を超えたが、その中にあいつの姿は無かった。
あいつは──宇宙軍随一のお騒がせ娘にして俺の相棒、ジェーン・オルブライトは。
(マスター・ミノル。皆様からの贈り物はどのように処置いたしましょうか)
成人男性の腰ほどまでの大きさの円筒形のドロイド、カシマ1000がタイヤを転がしながら俺の傍に寄って来た。
「適当に倉庫にでも突っ込んでおいてくれ。作戦が終わったらまとめて確認するから。あ、もちろん生ものは冷凍庫だからな。黒い炭みたいになった贈り物なんて見たくないから」
(了解いたしました)
カシマ1000が倉庫の方に去って行くのを見送ると、俺は改めて円筒形の
鏡のように磨き上げられた金属面に、目つきの悪い東洋系の成人男子が映っている。
「……そうそう、生ものは冷凍ってな」
今まさに冬眠しようとしている自分を皮肉に思った。
強力なバトルシップを何ヶ月もかけて敵地へ送り出し、また何ヶ月もかけて戦果を持ち帰らせるのだが、次元潮流に乗っている間、パイロットたちはすることがない。
よって、食料や酸素を無駄にしないため冬眠装置で肉体を冷凍し、敵地近くになったら解凍する手順になるのだが、今回の任務はひと際長い。
実航行時間は往復で20年。
ウラシマ効果も含めると、地球との時間差は1000年近くになる予定だ。
当然、戻ったって家族も友人も生きちゃあいない。
企業関係者も軍関係者も、下手したら地球の生態系が変わっていることすらあり得る。
「……まあ、しかたないんだけどな」
銀河中心殻で眠りから目覚めつつある超竜バルムシュガルが完全覚醒する前に退治し、人類を滅亡の危機から救う。
それが宇宙軍のエースである俺の役目だ。
さらにジェーンがいれば完璧なんだけどな。
スパコンすら超えるあいつの動物的勘や予測があれば、作戦成功率は飛躍的に高まっただろうけど。
だけどまあ……女の子だしな。
うるさくて、何かとめんどくさい奴だけど、未来ある16歳だし。
「パイロットは孤独なもんさ」
俺は再びため息をつくと、着ていたパイロットスーツをその場に脱ぎ捨て全裸になった。
起動ボタンを押すと、冬眠装置に入った。
ビービーとやかましいアラーム音が3回鳴動し、すぐに冬眠に関する諸注意がアナウンスされた。
3分後に冷却剤が流し込まれること。
段階的に予備冷却を行い、最終的にはマイナス196℃の極低温状態になること。
目覚めは10年後であること。
「あーあー、先に目覚めたからといって、まだ眠っている人にいたずらしないように、わかりましたか? ミノルくん」
冬眠装置の丸窓の向こうで、ひょこりと何かが動いた。
「じぇ……っ?」
俺は思わず息を呑んだ。
縮れた金髪にそばかす、空を映したように青い瞳。
純白のパイロットスーツを着た小柄な人影は……間違いない、ジェーンだ!
「おまえどうやってここに……!?」
ライデン150はすでに地球を後にしている。
外殻を超粘性のジェルで覆う、次元潮流ドロップ航法への準備段階に入っている。
「どうやってっていうか……隠れて?」
「かっ……?」
「ほら、ボクって潜入ミッションとか得意じゃん。そっちの業界でのあだ名はスネークって言われてるぐらいじゃん」
「そういう問題じゃあるかああああ!」
俺は思わず叫んだ。
「おまえは連れて行かないって言っただろ!? 言ったよなあ俺は!?」
「言ったよ? 言ったけどボクは、一度もウンなんて言ってないもん」
しかしジェーンはまったく悪びれもしない。
「うぐ……っ!?」
今回の作戦に関して、俺とジェーンはものすごい大げんかをした。
地球に残れと言う俺に対して、ジェーンは全力で反発して怒って泣いて……もう大変だった。
それでも最終的には納得してくれたと思っていたのだが……。
「戻るぞジェーン! 今からでも遅くない!」
「無理だってば。ジェルはもう船体の半分を覆ってる」
「おまえ……だって……っ」
ジェルを溶かすには特殊な薬剤が必要だ。
そこからさらに船を止め、地球へ戻るまでにどれほどの時間がかかるか。
下手をするとバルムシュガルの覚醒に間に合わない可能性すらある。
てことはもうどうしようもない。
こいつも一緒に連れて行くしかない。
「おまえ……家族には……?」
「言ったよ。ママにはものすごい勢いでひっぱたかれた。ホント、顔の形が変わるぐらいに何度もね。あの人は女の子の顔をなんだと思ってるんだろうね?」
えへへ、とジェーンは照れくさそうに笑った。
「……そりゃ怒るだろよ」
愛娘にいきなりそんなこと言われたら、たいがいの親はそういう反応を示すんじゃないだろうか。
「でも最終的には認めてくれたよ。なんとしてでもオルブライトの血筋は保って見せるから、絶対戻って来なさいって。ついでにあなたたちの帰る家も用意しておくから、路頭に迷うことはないからねって言ってくれた」
「……」
ママさんの心情を思うと、言葉も出ない。
「ん? あれ? 今おまえ、変なこと言ってなかった?
すると急に、ジェーンが早口になった。
「おっとー、ボクもそろそろ冬眠しないとだね。だよね? そんじゃあミノル、おやすみ。起きたらその辺の話もちょっとしよう。あ、もう一度言うけど先に起きたからってボクにイタズラしちゃダメだよ? これってフリじゃないからね?」
「いやしないけどっていうかジェーン。その辺の話ってどの辺の……」
「じゃあねミノル。ボクの生涯の相棒」
ジェーンは満面に笑みを浮かべると、ひらひら手を振ってきた。
「安心して。ボクらは千年後も一緒だよ」
冷却剤の流入によって視界が白く煙る中、ジェーンがわずかに頬を染めながら、投げキッスなんかしてくるのが見えた──
ライデン150、銀河中心核へ! 呑竜 @donryu96
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